神奈川県某所の丘の上に建つ邸宅。ここは株式会社フレクシェ代表の浦野幹夫さんのお宅です。
「フレクシェ」と言えば……そう、昨年末に横浜で行われたビッグイベント『フレクシェカップ』のメインスポンサー。あのイベントの原点はこの家にあり! と言っても過言ではありません(※フレクシェカップについては大会特設サイトやBDの過去記事を)。
3月某日、初めて伺った浦野邸は、4年以上前に完成したとは思えないほど真新しく感じられました。天井が高く採光の良いリビングを突っ切るようにして奥へと進むと、他の部屋とは明らかに雰囲気が異なる、黒を基調としたスタイリッシュな空間が広がります。入った瞬間、思わず「おおっ!」と声が出ました。このビリヤードルーム、オトナの遊び場ムード満点です。
聞けば、家の完成・入居が2009年7月で、ビリヤードテーブルを設置したのはそれから2~3ヶ月後とのこと。テーブルを入れた動機は、「ビリヤード台がある家が欲しかったから」。
「それまではビリヤードが趣味だった訳でもないんですよ。飲んだ後にビリヤードをすることもあるという程度で。でも、新居にビリヤード台が欲しくなって、設計の初期段階から設置を前提にしていました」
後にビリヤードにハマっていくことになる浦野さんですが、この段階ではまだ「1980年代後半のブーム期にポケットビリヤードと四ツ球で10回以上遊んだ」という、この世代の男性の標準的な(?)経験値を持つのみ。となると……よくテーブルのサイズ感が掴めましたね。
「NEW ARTさんのウェブサイトの情報を参考にして、設計段階から自分で3Dグラフィクスで確認していましたから(笑)。実際のテーブルも想定通りほぼきっちり収まっています」
設置したテーブルは『オルハウゼン』。これは浦野さん自身がNEW ARTで実物を見て、状態とデザインの良さで決めたのだそう。
「当時はビリヤードの知識がありませんから、メーカーの違いも全くわかりませんでした。今買うとしたら、(より競技台としてメジャーな)ブランズウィックになると思います。寿命が長そうなので、買い換えるとしてもまだだいぶ先でしょうねぇ」
いやいや、このオルハウゼンの黒いボディ、この空間に見事に溶け込んでいます。僕の受けた印象では、テーブルがというより、この部屋全体が主役という感じ。この部屋も相当なこだわりを持って設計したのでは?
「家全体と同様に、壁紙、形状、照明……全てがこだわりの賜物です。ただ、防音性についてはコスト面で妥協しました。設計士の提案で窓をぎりぎりまで小さくしたことくらいでしょうか。だから、夜はハードブレイクはしません。また、2辺のウォルナットの腰掛は基礎コンクリートの制約によりたまたま設けることになったもので、当初から意図していたものではありません」
部屋の中心に組み上がったテーブルの姿を見た時、「画龍に点睛を入れた感じでした。気持ちとしては家の建築の延長でしたね。なにしろ前提でしたから」と浦野さんは語ります。
ちなみに、今このテーブルに張られているラシャは、プロの公式試合でもよく使われる『シモニス』。実はこれ、2日間ほど使用された中古品なんですが、ただの使い古しではありません。なんと、『フレクシェカップ』の決勝戦のテーブルに張られていた現物(!)。大会のテーブル設置を担当した業者、MECCAからの提案だったのだとか。
「ブレイクショットの跡もくっきり残っており、記念になってとても良かったです」
いざここで、フレクシェカップ・エクストラステージ! ……なんて。
では、マイテーブルを持った浦野さんが、そこからどんなプレイヤーライフを歩んできたか振り返ってみましょう。
初めの1年くらいは、この部屋で「完全に自己流(本で学ぶ程度)」でやっていたものの遅々として上達しなかった浦野さん。そこで、通勤圏内の横浜『ハイランド』で村田幹男レッスンプロ(JPBA)のレッスンを受講しました。
ここで雰囲気を掴んでから、JPBA有田秀彰プロが主宰する『有田ビリヤードスクール』の門を叩き、より熱心にプレーするように。ハウストーナメントに出たり、プロの試合を観戦するようになって着実に伸びていったという経緯(現在Bクラス)。
浦野さんだけでなく、これまで10数名のマイテーブルオーナーにアンケートをしてきた経験上、僕が思うことは、やはり完全に私宅(居住空間)で独習でビリヤードをやり続けるのは難しいということ。初めの内は新鮮で楽しくても、習熟ペース的にも精神的にも行き詰まり感が出やすいという話はよく聞きます。外で誰かに教わったり仲間とキューを交えたりすることも上達に不可欠な要素でしょう。
「いつでも気楽にできるのは、テーブルが家にある利点。反対に、家にテーブルがあると惰性になってしまうため、それがかえって上達の妨げになっているかもしれない、ということはあるでしょうか(笑)。ただ、私の場合は家に台がなければそもそもビリヤードを始めていないでしょうし、足繁くビリヤード場に通うこともなかったと思います。つまり、それほど熱心でもないようです」
いえ、熱心だと思います(笑)。少なくとも今の取り組み方を見る限り。現在浦野さんがこの部屋で球を撞く時間は、1日あたり「平均すると20分から1時間くらい」。平日は夜に一人で撞くというケースが多く、週末には人を呼ぶこともあります。
「プレー時間はムラがあるので正確にはわかりません。やらない時はやらないですし、相手が来れば8時間くらいやることもありますし。でも、家族の手前、土日の2日ともビリヤード関連で潰す訳にもいかないので(笑)、例えばビリヤードの試合観戦に行った週は人は呼ばないですね」
テーブルの下を見ると、そこには踏み台が。お子さん(とても人懐っこいご長男)もビリヤードをするんですね。
「家族で撞く気があるのはチビ(5歳)だけです。週末に私が一人でやっていると、音を聞きつけて『練習したい』と言って入ってきます。普通のキューはまだ長すぎるので、メカニカルブリッジ使用時以外はシャフトだけで撞いています。ただそれではやはり撞きにくそうだったので、ジャンプキューのタップを替えてプレーキュー仕様にしました」
浦野さんが一人で撞く時のメニューは、「特に夜は防音上の都合から」ボウラード。複数人で撞く時は、相手次第だけれども最近は14-1が熱いのだとか。
僕がお邪魔したこの日は、まさにその14-1の屈指の名手であり、フレクシェカップのチャンピオンでもあるトッププロ、羅立文(JPBA)を招いてのちょっとしたビリヤードホームパーティでした(球仲間もお一人いらしてました)。
試合形式で14-1をプレーしたり、羅からレッスンを受けたり、さらには食事をしながらビリヤード談義を楽しんだり……とプレイヤー冥利に尽きる至福の時間。浦野さんの真剣なプレー姿を眺めていて、このテーブルがこれからも末永く可愛がってもらえるだろうという思いを強くしました。
僕もこのテーブルで撞かせてもらったのですが、なんでしょう、この撞球パラダイス感とアットホームな休日満喫感。口を引き締めていないと、「くふふふふ」という笑いが勝手に漏れてきてしまいます。最高の空間を後にして、帰宅した時に頭に浮かんだベタな感想→ いやぁ、マイホームにマイテーブル、やっぱり憧れるなぁ……。
他の体験記はこちらから