〈BD〉「追悼ビル・シック」/「ハギの偶数・奇数(前編)」――Detective “K” season7 episode 08 

ビル・シック(Bill Schick)。2011年『ICCS』(International Cue Collectors Show)にて
ビル・シック(Bill Schick)。2011年『ICCS』(International Cue Collectors Show)にて

 

私の名はDetective K。

ビリヤードキューの調査を引き受ける探偵だ。

 

10月31日、

アメリカキューメーカー界の巨匠、

ビル・シック逝去の報が届いた。

 

今回は最初に、追悼と哀惜の念をこめて、

長きに渡りキュー製作の世界に

大きな影響を与えてきた彼を紹介したい。

 

*****

 

ビル・シック(Bill Schick)は

1941年12月、アメリカ南部の都市、

ルイジアナ州シュリーブポートに生まれた。

 

彼とビリヤードとの出会いは1959年。

それまでは野球に熱中していたらしい。

 

やがて1960年代末、名プレイヤー、

バディ・ホールとの出会いで

大きく運命が変わった。

 

2人はジョージ・バラブシュカの

キューでプレーしていたが、

他メーカーのキューに興味を持ち

オーダーしたところ、

数ヶ月後に送られてきたものは、

到底満足が行かないシロモノだった。

 

~以下はその時の会話(想像)~

 

シック:「これだったら自分で作った方が良いぜ(怒)」

ホール:「うむ、ならばいっそのこと作ってみたら?」

シック:「え?(汗) オレ、キュー作ったことないけど…」

ホール:「いや、作るべきだ(キッパリ)。やっちゃえビル・シック!」

シック:「……そうだな、やってみるか!」

 

キュー製作の経験が全くなかったにも

関わらず、バディ・ホールに

焚きつけられたビル・シックは、

約1年の試行錯誤の末、

1970年4月に最初の1本を完成させる。

 

さらにクオリティを高めるため、

手持ちのバラブシュカを数本(!)分解、

基本構造を学んだ。

 

のちにバラブシュカの真贋鑑定が出来る

メーカーとしても評判が高かったのは、

この経験によるところが大きい。

 

*****

 

キューの評判が広まるにつれ、

1977年にキュー尻に

メーカー名を入れる必要に迫られ、

線刻(エングレーヴィング)の技術を習得。

 

さらにこれを応用し、文字だけでなく

様々な文様を線刻でキューに入れる

デザイン技法を生み出す。

 

後にはフリーハンドの線刻で絵画を描く

「スクリムショー」も習得し、

高級モデルに施した。

 

スクリムショーがふんだんに施された1992年製作のキュー(画像協力:UK Corporation)。このキューの記事はこちら

 

 

1980年代に入ると、

インレイやリングの材料に

貴金属を使用して高級化を図り、

プレミアムキューメーカーとしての

名声を確立した。

 

当時インターネットはまだ普及しておらず、

口コミによる注文や、

トーナメント会場でブースを構え

キューを販売していた時代。

 

生産本数は年間数十本と少なく、

日本ではおろかアメリカでも滅多に

見られないプレミアムメーカーだった。

 

オレが最初にビル・シックに

会ったのは、1993年の

『スーパー・ビリヤード・エキスポ』

(Super Billiards Expo)。

 

他メーカーのブースでは売り物の

キューをズラリと並べていたのに対し、

彼はわずか数本のサンプルを展示、

オーダーのみ受け付けていたのが印象的だった。

 

*****

 

1990年代末から2000年代には、

コレクターとキューメーカーの交流を

目的としたイベントが開催されるようになる。

 

その時期ビル・シックは

ビリヤード場の経営で多忙であり、

一時生産を中断するなど、

製作本数は極端に減っていた。

 

それでも彼のキューは評価が高く、

新作を持ち込むとすぐに買い手が付いた。

 

オレ自身も、36歳になったとき

「4×9=36、すなわち

『しくさんじゅうろく』。

そうだ記念にシックを買おう!」

と思って1本手に入れた経験がある。

 

やがて2007年、長年の功績が

認められ、ビル・シックは

アメリカン・キューメーカーズ・アソシエーション(ACA)の

殿堂入りを果たした。

 

授賞式にオレも出席していたが、

そこでは多くのキューメーカーが

「影響を受けた」と公言して

はばからないことに、

存在感の大きさを実感したものだ。

 

*****

 

「巨匠」グループショット。手前がタッド・コハラ、後列左から、リチャード・ブラック、ビル・シック、アーニー・ギュテレス(Gina)
「巨匠」グループショット。手前がタッド・コハラ、後列左から、リチャード・ブラック、ビル・シック、アーニー・ギュテレス(Gina)

 

2010年以降ビル・シックは、

インターナショナル・キュー・コレクターズ・ショー

(『ICCS』)向けに

年間数本製作する程度で、

だれもが期待する新作を

目にする機会はほぼなくなっていた。

 

それでも、イベントで彼に会い、

話を聞けるだけでも、コレクターや

キューメーカーにとっては得難い経験。

 

常におだやかで、時にジョークを

交えながら話す彼の周囲には

人だかりが絶えなかった。

 

コロナがなければ、

実際に会って話をするチャンスは、

もっとあったろうにと残念でならない。

ご冥福をお祈りする。

 

*****

 

 

さて、今回は、

 

「なぜハギの数にはバリエーションがある?」

がテーマ。

 

BDからのメッセージはシンプルそのもの。

 

『K、ハギの数は偶数ばかりですが、

奇数ってあるのですか?

調べてください。以上!』

 

なんてことだ。

シンプルな問いかけ程深いものはない。

 

しかし、オレはキュー探偵。

その調査依頼、引き受けた!

 

******

 

キューのバット部に見られる「ハギ」。

 

ざっくり言えば三角形の木を

組み合わせた模様なのだが、

様々なバリエーションが存在する。

 

その数は「〇剣」あるいは「〇本ハギ」、

英語では”point”あるいは

”prong”などと表現される。

 

冒頭から結論を言えば、

「奇数のハギ」を持つキューは存在する。

具体的には3、5、7,9剣ハギだ。

 

しかし、これには一つ条件が付く。

 

それは

「数え方によってハギの数は変わる」

ということだ。

 

それはどういうことかは、

のちのち解説するとして、

ハギの進化をまず説明しよう。

 

******

 

上から6剣・5剣・4剣
上から6剣・5剣・4剣

 

木材同士を繋ぐという

目的で生まれた「ハギ」。

漢字で書けば「接ぎ」だ。

 

最もシンプルなのは、

角材にV字の切り込みを入れて

貼り合わせ丸く削る手法。

 

これは、剣ハギとタケノコハギが

2本ずつ現れるため、

ハギの基本は「2」と言える。

 

やがて、角材を用いて剣ハギのみ、

またはタケノコハギのみが

現れるような工法が出現すると

「4」がスタンダードとなる。

 

特にブランズウィック社が

20世紀前半から製作していた

「タイトリスト」の4剣ハギは、

その製作本数の多さから

業界標準となったほどだ。

 

******

 

1960年代になって登場した

少量生産メーカーは、

特徴を出すため必然的に

「非ブランズウィック」的な

デザインを指向する。

 

そのアプローチのひとつとして

「ハギの数を増やす」手法が取られた。

 

その代表はジナキュー。

 

おそらく単純に

「倍にすればカッコイイ」と

思ったのだろう、

現在でも高級キューの代名詞とも

言える「8剣ハギ」を生み出した。

 

1980年代、独自の

キュー製作方法を追求していた

ディヴィッド・ポール・カーセンブロックと、

後のサウスウェストとなる

ジェリー・フランクリンは、

独自性を生み出すため

「6剣ハギ」を作った。

 

その理由は「4でも8でもない」からだ。

 

1989年にシカゴで設立されたメーカー、

オメガ(のちにオメガ/dpkに改称)は

同様のアプローチで

「5剣ハギ」を採用した。

 

「4、6、8以外」のハギを選ぶにあたり、

おそらく「3では少ないし、9は多い」と

思ったのだろう。

 

dpkすなわち

ディヴィッド・ポール・カーセンブロックが

参画しており、

サウスウェストと同じデザインは

避けたかった事情もあったに違いない。

 

つまり

「2」→「4」→「8」→「6」→「5」

の順で登場したのが大まかな歴史だ。

 

ここで気づくのは、

「3」「7」「9」がないこと。

 

実は「3剣」は

1960年代半ば~1970年代に製作された

ヴァイキングやメウチのキューに存在する。

 

これはおそらく「4」より減らして、

価格を下げた廉価版を

作るためだったと思われる。

 

現代の3剣キューの例、コグノセンティ

 

 

また「9剣」は、異なる長さのハギを

交互に並べる「長短ハギ」にはできない。

 

そのせいか、

少なくともオレは見たことがない。

 

では存在しないかというと、

あるにはあるのだが、

これは次回解説したい。

 

ここまでは角度を表す360度を

全て割り切れる数だ。

 

2剣:180度

3剣:120度

4剣:90度

5剣:72度

6剣:60度

8剣:45度

9剣:40度

 

ところが、

「7」で360度を割ると51.428757…、

もしくは「51と余り3」になり

割り切れない。

 

コンピュータ制御の工作機械に頼らず、

手作業で7剣ハギを作るのは面倒だったのだ。

 

1990年代末にデール・ペリー、

2000年代にアダムジャパンが

7剣ハギのキューを製作しているが、

それ以前に作られたキューが

あったかどうか、オレは知らない。

 

「7剣」の例。デール・ペリー。こちらはNew Artで取り扱い中の中古品

 

 

また、10以上の「多剣ハギ」は、

数え方の「クセが強い」。

これも次回説明しよう。

 

******

 

さて、

ここまで来たところで文字数が尽きた。

 

次回はオレが「見たこともない」と

言っておきながら、

実は存在する「9剣ハギ」、

さらには2桁本数の剣ハギ、

そして「ハギの数え方」に

ついて解説しよう。

 

期待してくれ、BD!

 

…………

 

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