肥田緒里恵・4度目のレディーススリークッション世界一

「今この時代に勝てたことが嬉しい」

2017年4月

©Acx Dirk / Billiardsphoto.com
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第1回〜第3回の世界選手権3連覇。

その前には同等の「プレ大会」でも2度優勝。

 

肥田緒里恵は常に優勝候補筆頭だった。

 

しかし、開催のなかった2010年、

そして、2012年、2014年、2016年

(第4回〜第6回)は、

ファイナルの舞台に立てず、

グループラウンド敗退も経験した。

 

各国に強い選手が生まれ、

女子スリークッション競技界が

広がっていることを「嬉しい」と言い、

反面、自分が勝てなくなる可能性が高まることを

「覚悟していた」と言う。

 

パイオニアにしかわからない葛藤を抱えたまま

過ごしたこの9年という期間と、

また世界一の座を手にして思ったこととは?

 

帰国間もないクイーンに話を聞いた。

 

Photo courtesy of Acx Dirk / Billiardsphoto.com

 

…………

 

Orie Hida

東京都出身・在住

1995年プロ入り(JPBF)

両親(肥田明と肥田一美)も共にプロ

2004年、2006年、2008年、2017年

『第1回~第3回、第7回・世界女子スリークッション選手権』優勝

 『全日本選手権』16勝

 他、国内外で優勝・上位入賞多数

東京『ビリヤード キャノン』所属

使用キューはADAM JAPAN

 

※肥田プロの「初めて物語」はこちら

 

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去年から試合続きで良い緊張感が保てていた

 

――4度目の優勝から約1週間が経ちました。今のお気持ちは?

 

「もう嬉しいの一言です。そしてホッとしています」

 

――順を追ってお聞きしますが、これまで女子3C世界選手権は偶数年に行われる”隔年開催”スタイルで、前回は2016年8月に終わったばかり(第6回韓国大会。T・クロンペンハウアー連覇)。今回は今年5月に開催されることになり、間隔は9ヶ月しかありませんでした。調整は難しくなかったですか?

 

「いや、前回大会の日本代表選考会(2016年6月『全日本女子3C選手権』)を始めとして、去年から試合続きで良い緊張感が保てていたので、そんなに大変ではなかったです。今回は2月から定期的に父(肥田明プロ)と撞いたり、外の練習会に参加したりしましたが、それ以外に特別な準備はしていません」

 

――開催地はベルギーのズーアーセル。知っている土地でしたか?

 

「初めてかなと思ったんですが、以前行ったことがありました。私は2002年頃、2ヶ月ぐらいベルギーに住んでいて、現地のスリークッションのリーグ(チーム戦)に参加していたのですが、今回の世界選手権にも出ていたベルギーのダニエラ選手が同じチームで、彼女の所属するお店がズーアーセルだったので来たことがありました。こっちの人によると『田舎だ』とのことです(笑)」

 

――とても立派な会場でしたね。

 

「教会のような礼拝堂のような所で、本当に素晴らしい会場でした。天井も高くて、球が当たらない時は『ああ、きれいだな』ってずっと見上げてました(笑)」

 

――テーブルコンディションは?

 

「難しく感じました。初日はまだ自分が冷静で気持ちの余裕もあったから、『クッションがこう出るから、この辺に撞こう』と決めて、素直にそこに向かって構えられていたんですけど、2日目になるともう余裕がなく、自分の中で葛藤が始まっちゃって。3日目(最終日)の準決勝では葛藤が止まらず、なかなか決心できないということが何度もありました。『ここに向かって構えなきゃ』って頭ではわかってるんですけど、どうしてもそこに構えられないというのを繰り返してました」

 

©Acx Dirk / Billiardsphoto.com
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準決勝の前半は全く冷静ではなかったです(笑)

 

――グループラウンドはD組に入り、3戦3勝で1位通過(Av. 0.903)。

 

「全体的に見ると普段通りの自分だったかなとは思います。でも、初戦も2戦目も初めての選手との対戦だったので緊張感はありました。特に初戦のJ・ペレス選手(ペルー)は、事前に資料を見ると『パンアメリカン(南北アメリカ)のプールとキャロムの女子チャンピオン』と書いてあり、かなり撞ける人なのかなと。実際に対戦してみたら、ショットがしっかりしていて表回しを綺麗に当ててくるんです。序盤は私が6点当てたら5点当て返してくるみたいな感じで競っていて。結果的に私が勝ちましたけど、これから上がってくるだろうなと感じました」

 

――グループラウンド最終戦(3試合目)は、相手のH・ミッターベックに2モアまで迫られました。

 

「彼女のことは以前から知っていて試合でも当たっていますが、今回はちょっと危なかったです。私はその試合に入る前に決勝ラウンド進出が決まっていたんですが、もしその試合を落としたら、決勝ラウンドでクロンペンハウアー選手と同じ山になる可能性もあるとわかっていたので、なんとなくプレッシャーがかかっていたのかなと思います」

 

――そして、決勝ラウンド(ベスト8)へ。今回は珍しいことに、グループラウンドで対戦した相手とまたすぐにベスト8で当たっていましたね。

 

「そうなんです。予選の成績順に枠を振り分けていったら、たまたまベスト8の4カードともグループラウンドの再戦になりました。私はまあまあ上手く撞けてJ・ブーレンス選手にもう一度勝てましたが(30-11・23キュー)、あとの3カードは、グループラウンドとは逆の結果になりました(※優勝候補のクロンペンハウアーがM・モーテンセンに敗北。林奈美子プロがイ・ミレに敗北。そして、李信詠がG・デゲナーに敗北)」

 

――3連覇を目指していた女王・クロンペンハウアーの早すぎる敗退。

 

「ええ。ベスト8終盤の会場の雰囲気はちょっと特殊で、特にクロンペンハウアー選手が敗れた時は今大会一番のどよめきが聞こえました。彼女のベスト8敗戦は『波乱』と言っていいと思います。私は隣のテーブルで試合をしていましたが、見ていて『だいぶ精神的に来てるのかな』と感じた時がありました。途中でスコアを見たら、15-15ぐらいだったのでまだまだ粘れるはずなんですが、たぶん彼女は完璧主義で、いいアベレージで相手を突き放して勝つというのが理想としてあるんでしょうね。とても強い選手ですが、思うように撞けないとおかしくなる時があるのかもしれません」

 

――ベスト8が終わり、翌日(最終日)の肥田プロの準決勝の相手はトルコのデゲナーに決まりました。そこを勝てば最後はイ・ミレが来ると予想できたはずです。今回の4強の中で実績では肥田プロが一番。『これは……』と思いませんでしたか?

 

「思ってしまいましたね。少なくともクロンペンハウアー選手がベスト8でいなくなるとは全く想定していませんでしたので。彼女を止めるとすると、林奈美子プロかミレ選手だろうと」

 

――そして最終日の準決勝。デゲナーとは旧知の仲ですね。

 

「はい、レディース世界選手権の発足の頃からの仲です。今回は難しい試合になっちゃいましたね(30-29・47キュー)。私の出足が良くなくて、5-15まで相手に行かれてしまって。そこでブレイク(タイムアウト)があったのですが、その時点で私は『やられたかな』と思っていました」

 

――冷静ではなかった?

 

「全く(苦笑)。当てられる球が少なかったですし、たまにそういう球が回って来ても自分が思うように撞けなくて、完全に頭にかーっと血がのぼっていました。でも、ブレイク(タイムアウト)の時に林プロが励ましの声を掛けてくれて、それで少し冷静というか前向きになれたと思います。そこから本当に少しずつでしたけど流れが変わり、自分の状態も良くなってきて、じわじわと追い上げることができました」

 

©Acx Dirk / Billiardsphoto.com
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決勝戦はずいぶん冷静になれていたと思います

 

――そして、4大会・9年ぶりのファイナルの舞台へ。気持ち的に高ぶるものもあったのでは?

 

「いや、準決勝が死闘でしたし、精神面の動揺もあったりしたので、決勝戦の前は一旦落ち着きを取り戻すのに必死でした。高ぶるよりむしろまず冷やしてました(笑)。試合開始まで40分しか時間がなかったんですけど、1回会場の外に出て、頭の中を整理しようと思って日本に電話をかけたりもして。おかげで決勝戦の前半は少しは吹っ切れて、『ここまで来たんだから』という気持ちで撞けていたと思います」

 

――決勝戦の相手は、前回大会の準優勝者で韓国の若手女子トップのイ・ミレでした。

 

「ミレ選手と試合で当たるのは初めてでした。彼女は非常に綺麗なストロークを持っていますよね。試合の前半はそれを間近に眺めつつ、『ああ、こう撞けたら良いよな』と意識してプレーしていました」

 

――えっ、試合中に相手のストロークを観察していたのですか?

 

「ええ(笑)。私にとって彼女のストロークは真似しやすいし、真似したくなるストロークなんです。彼女が『レディース3Cグランプリ』(2014年。東京開催)で優勝した時に、ストロークを見ていたら本当に感心しちゃうレベルで、それ以降、真似していた時期があります。自分とストロークの系統が近いというかベースが似てるんですよね。例えば、よく溜めてゆっくり引くところとか。彼女の方がより柔らかいなと思いますけど」

 

――決勝戦はずっとそのモードのまま?

 

「いや、途中からそれだと当てられない時が来て、ちょうど中盤で互いに当たりが止まってしまったので、私は私で頭を切り替えて、また別の考えで別のことをしようと。その点では準決勝よりもずいぶん冷静になれていたと思います」

 

――決勝戦では冷静さを失わなかった。

 

「失わなかったと思います。あれで相手に良いプレーをされて上がられたとしたら、素直に納得できるぐらいには自分の精神面は立て直せていたと思いますし、あの時の私が当てられる形というのはすごく限られている気がしていたんですね。なので、そういう形が来た時は時間をゆっくり使って(※40秒ルールあり)、一つひとつきっちり当てることを心掛けていました」

 

――上がり際、モアがかかった時は緊張しましたか?

 

「緊張というより、『ここで私が上がらないと彼女には裏撞きがあるし、追い付かれたらサドンデスがある』というプレッシャーは感じてました」

 

――ミレ選手の裏撞きが届かず、優勝が確定した瞬間のお気持ちは?

 

「いやもう、最後まで観戦してくださった方に『こんな私のプレーを暖かく見守ってくださってありがとうございます』しかなかったです。私は毎回のように40秒ギリギリまで時間を使って撞いていたと思うし、バーンと走っていた(大きなランを出していた)訳でもない。それでも、当てたら皆さんが拍手をしてくださった。それにただただ感謝しています。そんな気持ちだったので、今回は優勝が決まってもガッツポーズは出て来なくて。もし圧倒的に当て勝つような展開だったりしたら自然と出たんでしょうけど、今回はそういう気分にはなれなかったです」

 

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今この時代にまた優勝できたことが嬉しいです

 

――今回は6試合しました。トータルで見ると自分の力を出せたと言えるでしょうか?

 

「はい、どの試合でも、その時の自分にできる限りのことはちゃんとやれたと思います。全力を尽くすことが出来ましたし、その中で巡ってきたチャンスを逃さず掴めた結果の優勝だと思います」

 

――女子3C世界選手権の7回の歴史で「4回優勝」は肥田プロお一人です。

 

「4回という数字も嬉しいですが、それ以上に、今この時代にまた優勝できたことが嬉しいです。第1回大会から3連覇をした時(2004年、2006年、2008年)というのは、クロンペンハウアー選手がここまでの存在になる前で、ヨーロッパにあそこまで撞ける女性はいなかったですし、韓国にもいなかった。日本勢もこれからというところでした。当時と比べると世界のレディース3C界も大きく変わったと思いますので、そこでまた優勝できたことが嬉しいですね」

 

――肥田プロは3連覇を達成した後、世界選手権の決勝戦の舞台には3大会の間、立てませんでした。

 

「苦しかったですね、その時期は。中でも第4回(2012年)大会は、私はグループラウンドで落ちて、日本の4選手が表彰台に上がりました(※優勝は東内那津未)。あれを見ているのは内心とても辛かったです。次の第5回(2014年)は、ベスト8で韓国の李信詠に良いゲームを撞かれて負けちゃって。それはしょうがないんですけど、悔しい半面、『ようやく女子3Cの世界もこうなってきたんだな』という嬉しさもありました」

 

――各国から強い選手が出てきたことが嬉しい。

 

「そうです。世界を獲るのはクロンペンハウアーか日本選手かと思っていたところで韓国が来た。それが嬉しかったですし、同時に、『今後世界タイトルを獲れるチャンスはあまりないかもしれない』という覚悟をし始めたのも2014年でした」

 

――そして、昨年(前回大会)は3位でした。

 

「そう、クロンペンハウアーにグループラウンドと準決勝と2回負けて。もうあれは相手を讃えるしかないです。そして、若いミレ選手がファイナルまで行き、力があることを示しました」

 

――今回(第7回大会)も決勝戦でクロンペンハウアーと当たることはなかったですが、今も「いつか決勝でやりたい」と思っていますか?

 

「やりたいですね、決勝で。ずっとそう願ってるんですけど、試合ですから、そんな思った通りには行かないです。もし決勝戦で彼女との対戦が実現して、そこで私が勝つことができたら、本当にホッとするのかなって思うんですけど、それはその時になってみないとわからないです」

 

――やはり彼女は強いですか。

 

「強いと思います。今まで私の2勝6敗です。準決勝までで当たったら、あまり勝てるイメージはないですけど、決勝戦だったらわからないと思っています。彼女は気質的には完璧主義者タイプなので、冷静さを欠くようなことがあればチャンスはあります」

 

――わかりました。今後のレディース3Cの海外戦は?

 

「8月にニューヨークで近年恒例のレディーストーナメントがあるので、私も参戦します。クロンペンハウアー選手やミレ選手も出ますし、日本勢も4、5名出る予定なので、とても楽しみです。世界選手権については、次回の開催がどうなるのかは現時点では私にもわかりません」

 

――最後に、日本から応援していた方々にメッセージがありましたら。

 

「いつも応援していただきありがとうございます。なんとかもう一度、タイトルを手にできました。今後も大好きなビリヤードの大会で結果が出せるよう頑張りますので、また応援よろしくお願いします」

 

(了)

 

 

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