参加選手のレベルの高さから
「世界選手権と同格」と評される
WPA9ボールメジャーイベント、
『チャイナオープン』。
2009年の創設以来、
日本男子勢は準優勝(土方隼斗)と
3位(赤狩山幸男、大井直幸)を
経験しているものの、
日本女子勢は表彰台(3位以上)に
上がったことがなかった。
そんな女子入賞者リストの先頭に
今年大きく名前を刻んだのが、
日本No.1プレイヤーの河原千尋。
河原はたびたびチャイナオープンに
参戦してきたが、2024年大会の5位が
これまでの最高位だった
(※女子9ボール世界選手権では
2016年準優勝がある)。
しかし今年は安定感抜群の
パフォーマンスで並み居る強豪を退けて、
遂に金色のトロフィーを獲得。
河原本人にとっても
日本人女子プール選手にとっても
初めてのチャイナオープン優勝であり、
初めてのWPA海外メジャータイトルとなった。
世界最高峰の舞台で冷静かつ強靭に
戦い抜けた秘密はなんだったのか。
大会翌々日に振り返ってもらった。
→ 大会結果記事はこちら
――ゲームボールを入れた瞬間、テーブルを叩きながら喜んでいました。
河原:9番が入ったのが見えた瞬間、もう手が勝手に台をバチバチ叩いてて。「痛ってぇ~、台硬ってぇ~」って思ってました(笑)。
――河原プロがあれだけ喜びをあらわにするのも珍しい。これまでの優勝とはまるで違う感覚だったのでしょうか。
河原:全く違うものでしたね。目標の一つが遂に叶ったんだという気持ちでした。
――試合後、優勝を実感したタイミングは?
河原:他の日本人選手達はもう移動を始めたりしてて会場にはいなかったので、その場でお祝いムードになることもなく、表彰式も選手インタビューとかはなくて写真を撮って終わり。その後に軽いパーティーがあったので、そこに顔を出して食事をしてホテルに帰って来たんですけど、その間もLINEがめちゃめちゃたくさん来てて受信数が初めて見る数字になってました(笑)。こんなに周りの人が喜んでくれているんだというのをすごく感じましたし、お祝いのメッセージを読んで優勝を実感しました。中には動画でメッセージを送ってくださった方もいて、ネット環境が良くなかったんで動画はすぐには見られなかったんですけど、もしそこで見てたら泣いちゃってたかもしれないです。

◇ 河原千尋 優勝への道のり
・グループラウンド(F組)
1回戦試合なし
2回戦 ◯ 7-6 vs 裴春金(中国)
勝者側最終戦 ◯ 7-6 vs 蔡佩君(台湾)
・決勝トーナメント
ベスト16 ◯ 9-4 vs 周捷妤(台湾)
ベスト8 ◯ 9-7 vs K・トゥカチ(AIN=中立選手)
準決勝 ◯ 9-4 vs J・オーシャン(オーストリア)
決勝戦 ◯ 9-7 vs 劉莎莎(中国)
参照:http://spba.org.cn/match/tz2025/mindex.htm
――今回はどんなテーマを持って中国に向かったのでしょうか。
河原:7月の『インドネシア女子国際オープン』(17位タイ)から1ヶ月ちょっと時間があったので、大会前は3つ、4つぐらいの項目を重点的に強化してました。それが本番でしっかり使えるかどうか、通用するかどうかというところがテーマでした。実際に強化の成果は出ていたと思います。
――強化ポイントを少し教えてください。
河原:一つはシュートの厚みとストローク。あとはセーフティーのバリエーションだったり、球の動きの引き出しを増やす作業って言うんですかね。そのあたりを強化してました。逆に9オンフットラックのブレイクショットに関しては最低限の調整をしたぐらいで、もっとクオリティを上げて行こうとまでは思ってなかったです。その分の時間を他の項目の強化にあてた感じでした。
――大会が始まり、グループラウンド(ダブルイリミネーション)は2連勝で勝者側から通過しました。ともに7-6のヒルヒルでした。
河原:あの2試合はテーブルコンディションも掴み切れてなくて、結構ミスもしていて、正直全然負けてもおかしくない内容でした。でも、最後の最後でチャンスが来てくれて、そこだけは落とさなかったです。「勝った」というより「勝てた」感じ。点数で言ったら80点ぐらいです。
――テーブルコンディションにはだんだんと合わせて行けたのですか?
河原:そうですね。「やっぱりこういうコンディションなんだ」と実感できたのは決勝トーナメント・ベスト16(vs 周婕妤)の途中ぐらいからでした。
――決勝トーナメントでは元/現役の世界チャンピオンと立て続けに当たりました。どんな心境で対峙したのでしょうか? 挑戦者の気持ちですか?
河原:いや、「挑戦者」という感じではなかったですね。良い意味で相手を見てなかったし、「世界チャンピオンだ」と意識することもなかったです。単純に「周婕妤だ」「トゥカチだ」ぐらいの感じで、相手のプレーをしっかり冷静に見ながら自分のできることをやっただけでした。決勝戦に進んだ時に「(河原は)世界チャンピオン3人に勝って上がって来ている」と言われて、そこで初めて気付いたぐらいです。
――それはプレーによく集中できていたということですね。
河原:決勝トーナメントの4試合通して心の状態が高い位置で平坦でしたね。「めちゃくちゃ落ち着いてるな」って自覚しながら、だからといって気を抜く訳でも、強いプレッシャーがかかっている訳でもないっていう状況でした。
――それが影響していたのかショットも終始安定していたように感じました。しっかり取り切るシーンが続いていて。
河原:そうですね。ベスト16からの4試合は、あの状況、あの対戦相手を考えると、私的には95点オーバーを付けられる内容です。これは私の勝手な見解ですけど、おそらく相手は良くて80点ぐらい、悪いと80点切ってしまうんじゃないかっていう内容だったんじゃないでしょうか。普段は皆90点オーバーを出し続ける人達だと思いますけど、今回は本人達的には全力を出せてなかったと思います。世界チャンピオンクラスの基準で言うならおそらく80点台後半は付けないかなと。相手は少しミスが多かった一方で私の状態は良かった。それが上手いこと噛み合って勝てたんだなという感覚があります。
――決勝戦(vs 劉莎莎)に臨む時、緊張感やプレッシャーはありましたか。
河原:自分でもびっくりするぐらい落ち着いてました。土曜日に準決勝、日曜日に決勝戦と1日1試合ずつで、両方とも15時30分スタート。2日間全く同じスケジュールだったのでルーティンも全く同じように取ったんです。土曜日の再現をするように日曜日を迎えることで、土曜日(準決勝)の良い状態のまま日曜日(決勝戦)も行けるはずだと自分を錯覚させてみようと(笑)。願掛けみたいなものですけど、そのおかげですごく落ち着いてました。
――大会を通して強い緊張を感じる瞬間はなかったですか?
河原:一番心拍数が上がってたのは準決勝(vs J・オーシャン)のスタートから中盤ぐらいまでです。今回TVテーブルで撞くのはあの時が初めてで、チャイナオープンでは準決勝を撞くことが初めてだったので、空気感を掴むまでは少しドキドキしてました。でも、一旦落ち着いてからはずっと大丈夫で、引き続き決勝戦も大丈夫でした。
――決勝戦は互いにブレイクイリーガルやブレイクノーインが多く、取って取られての接戦でした。
河原:もともと自分はイリーガルやノーインが数回はあるだろうと覚悟してたんですけど、相手のブレイクを見ていても明らかにラックが難しいなと感じたので、ブレイクをどうにかしようと考えるのは止めました。しっかりセーフティーを混ぜて行ってとりあえず相手にいやらしい球を撞かせてチャンスを作り、自分に回って来たらしっかり取り切ろうと。
――「マスワリをたくさん出すぞ!」ではなく。
河原:はい。ほぼ毎回ノーインかイリーガルで相手にターンが行ってしまうので、これはマスワリは出ないだろうなと。反対に相手のブレイクマスもノーインかイリーガルでこっちに回って来るから、そこを必ず取ろうという気持ちでした。かっこよくマスワリを決めるのではなく、いかにして相手のマスを取るかでしたね。
――そんな試合展開だと常に思考し続けないといけないと思いますが、頭はクリアでしたか?
河原:頭は結構クリアでした。私の中ではめちゃくちゃよく働いていた方です。
――河原プロが8-6で先にリーチ。優勝まであと1点になるとそれまでとは違う種類のプレッシャーもあったのでは?
河原:いや、なかったです。リーチをかけた瞬間は「よしよし!」という気持ちでしたけど、またスッと「あと1点、自力で取るぞ!」と切り替えられました。今大会ずっと「自分の点数は自力でしっかり取る」ということを自分に言い続けてたんです。
――相手どうこうではなく。
河原:ビリヤードはミスが出るスポーツなのでもちろん誰でもミスはするんですけど、相手のミス待ちではなく、自力で取りたいと思ってました。「ミスして簡単なマスになってくれ」というのではなくて、マイターンになったら「取れるチャンスがあるなら絶対自力で取る」。それを呪文のように唱えてました。
↑ 準決勝と決勝戦の試合動画、優勝を決めた第16ラックは2h17min.〜
――最後の第16ラック。河原プロが3番から取り切って上がりましたが、まさに「絶対自力で取る」という気迫を感じるプレーでした。
河原:最初の3番から4番はああ撞くしかなかったですね。8番が(手球のポジションの最短ラインに)かぶっていたので。4番がああいう形になることは想定済みでした。時間をかけたのは5番から6番のポジション。6番を「くの字」にするか「への字」にするか最後まで考えて、くの字に出す方が(次の7番に対して)2クッションで止めることもできるし、より薄くなったらバタバタの3クッションで出せるなと。
――結局6番→7番は3クッションで出しましたが、手球はショートしましたね。
河原:「ですよねぇ」って思ってました。あの6番はバタバタで出すにはちょっと厚かったし、台も重ためだったので「この辺に止まるだろうな」と。だから、あの7番は「どうしよう」という感じではなく、「ここにしか出ない球だったから」と覚悟の上で撞いてます。それが良かったのかなとも思います。
――そうでしたか。あの7番は「嫌だ」と思いながら撞いた訳ではなかったんですね。
河原:はい。そして、いやらしいスピードじゃなくてスパッと撞くしかない球だったことも良かったです。「とりあえず8番さえかわせれば」っていう感じで、自分の撞きやすい撞点で迷いなく行けました。
――最後の8番→9番も手球がショートして、9番が薄い球になりました。
河原:手球が行き過ぎて9番が土手撞きになったらさすがに自信がないし、やっぱり9番は「上」から撞きたいなと。手球が最悪センター(テーブルど真ん中)に止まってもいいという気持ちだったので少しショートしましたね。でも、あれも「ですよねぇ」でした。
――たしかに落胆している素振りはなかったですね。
河原:はい。むしろ8番を撞いた瞬間、自分では「もっとショートするんじゃないか」という感触だったので、センターを球1個分ぐらい越えてくれたのは良かったなと。あのひと転がりがめちゃくちゃ大きかったです。ちゃんと9番を入れられるイメージが持てる所まで転がってくれたので。
――日本人女性として初めてWPA海外メジャー大会を制しました。世界メジャーのタイトルホルダーになった感想は?
河原:タイトルホルダー……今はまだ実感は湧いてないですね。ただ、日本ランキング1位は結構獲ってきているので(※11回)、やっぱり「私が海外で勝たなきゃ」っていう思いは勝手に持ってました。
――秘めていた思いがあったんですね。
河原:今はWPAランキングが上がっているから、上位ランカーのシードで(WPAの主要な国際大会に)出られるようになりましたけど、海外のメジャー大会は「出ます」と言って出れらるものじゃなくて、実績を積み重ねないと出られません。単純に海外に挑戦すること自体なにかとハードルが高いですし、挑戦できているうちに勝ちたいなとは思ってました。やっぱり持ち帰りたかったですね、海外タイトルを日本に。
――素晴らしい戦いをありがとうございました。そして海外タイトルおめでとうございます。最後に応援してくれた方々に一言お願いします。
河原:優勝した後、本当にたくさんの方が応援してくれていたことを知って感無量でした。中でも「感動しました」という言葉をいただけたことがすごく嬉しかったです。私もTVで他のスポーツを見たり、ビリヤードの素晴らしい試合を見ると「感動したな」って思うので、自分の試合を見た方にそう言ってもらえたことが一番嬉しかったです。日本の皆さんの応援が中国にまで届いていたから優勝できたんだと思います。本当にありがとうございました。これから年末にかけて『サイゴン女子オープン』『女子10ボール世界選手権』『WPBA ドクタープールジャコビーツアー』、そして『女子9ボール世界選手権』に出る予定なので、またタイトルを目指して頑張ります。引き続き応援よろしくお願いします!
(了)
Chihiro Kawahara
1985年1月5日生
JPBA39期生
JPBA女子年間ランキング1位・11回
(2010年、2011年、2013年、2014年、2015年、2016年、2017年、2018年、2019年、2023年、2024年)
『チャイナオープン』優勝1回(2025年)
『女子9ボール世界選手権』準優勝1回(2016年)/3位1回(2024年)
『台湾 アムウェイカップ』3位(2016年)
アジアンインドアゲームズ銀メダル2回、銅メダル1回
『ミシガンオープン女子』3位(2023年)
『ACBSアジア女子9ボール』3位(2024年)
『ジャパンオープン』優勝2回(2013年、2015年)
『全日本女子プロツアー』優勝13回
『関西オープン』優勝6回
『東海グランプリ』優勝4回
『大阪クイーンズオープン』優勝4回
(※前身の『全日本女子ナインボールオープン』優勝3回(3連覇))
『セントラルレディースオープン』優勝2回
『九州レディースオープン』優勝1回
『北陸オープン』優勝3回
『関東レディースオープン』優勝5回
『全日本選手権』準優勝3回
『京都レディースオープン』優勝2回
その他、優勝・入賞多数
『アンセーズ』(大阪)所属
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