宮下崇生・JPBFプロ

「またやる気がアップしちゃうなぁ(笑)」

2013年5月

 

勝者あれば敗者あり。

 

5月の全日本選手権で

船木耕司に敗れて準優勝となった

宮下崇生(JPBF)。

 

普通に考えて敗戦を語るのは、

あまり良い気分ではないだろう。

 

しかし、宮下はあっさりと

あの熱戦ファイナルでの

胸の内を明かしてくれた。

 

そして、話は彼の「強く撞く」

プレースタイルにも及んだ。

 

取材協力:On the hill !

写真・文:B.D.

 

※宮下プロに勝って

優勝した船木耕司プロの

インタビューはこちら

 

追い付いた時は優勝を確信してたぐらいです


 

――宮下プロにとって全日本選手権のファイナルはこれで2度目でした。前回(2007年。優勝)よりは落ち着いていたんでしょうか。

 

はい、そうですね。

 

――優勝にかける思いは?

 

いや、それはそれほど強くはなかったんです。

 

――それはなぜ?

 

第一に僕の状態が良くなかったから。第二にこういうタイトルを掴むには運勢も必要だと思っているからです。僕が優勝した時の全日本選手権がまさにそうだったと思います。あれは風が吹いてました(笑)。

 

――ツキがあったと。

 

はい。だから、「今回は実力で……」という気持ちもありましたけど、状態が良くなかったんで、「まずできることを頑張ろう」という感じで、だいぶ落ち着いてましたね。

 

――状態は、大会全体的に低調だったんですか?

 

ええ。ベスト8の田名部徳之プロ戦はまあまあ良かったんですが、他は……。もう気合いと頑張りだけでした。

 

――ファイナルの話ですが、序盤から船木さんがリードしていて。

 

船木さんが一日を通して良い感じで撞いておられたんで、ファイナルも「このまま行くのかな?」と。でも、僕が21点にした時かな? だいぶ点差が縮まって(21-23)きたんで、「ここからが勝負だな」と思ってました。

 

――しかし、また船木プロが点差を広げて、あと10点でゴールというところまできました(23キュー・21-30)。マズイぞ、と焦ったのではないですか?

 

いや、全く。相手が何点でも気にしていないです。僕の状態は悪かったですけど、自信だけはありました、「マクって勝てる」と。それが僕の持ち味なんで。

 

――調子の悪さは自覚しつつ、でも諦めず。

 

はい。もう船木さんをほとんど見ないで、自分のことだけ考えてました。「なんとかしたい」って。普段全くトイレ休憩(タイムアウト)を取らない僕が、21点になった時に行きましたからね。一旦テーブルを離れて気合いを入れようと。

 

――しぶとく食い下がって、再び30-32の2点差まで追い付いて来た時の心境は?

 

「もう行ける!」です。後半は強いんで、追い付いたら勝ちだと。

 

――そして、遂に宮下プロが逆転して先にスリーモア。

 

優勝を確信してたぐらいです。結局、今思えば冷静じゃなかった訳ですが(苦笑)。その後の球も冷静に考えれば当たりそうなものなのに、無駄に強く撞いたり、狙い切れずに撞いたり。頭も悪かったですね。

 

――船木さんがまた冷静さを取り戻してワンモア。

 

そこまで来ると多分お互いにいっぱいいっぱいで、相手を見てどうこう思うことはなかったと思います。気持ちで勝った方とか、運勢を味方に付けた方が勝つんじゃないかと。

 

――そもそも宮下さんは、この試合での船木さんをどう見てたんですか?

 

さっきも言ったようにそんなに見てないんですが、船木さんが段々と当たらなくなっていったというイメージはなかったですね。

 

――そうなんですね。

 

単に落ち着きが一時的に失われていたから外していたのであって、技術や判断は的確だったんだろうと思います。僕はその逆で、落ち着いてるんだけど腕がどソッポで当たらないという(笑)。

 

僕は球が見えないぐらいのスピードで撞いて当てたい


 

――そして、船木さんがワンモアを当てて優勝。

 

悔しかったです。悔しい思いがまず先にありました。でも、僕もあの状態でできることは目一杯やれたと思います。

 

――しかし、今後に繋がる戦いだったんじゃないですか?

 

そうですね。戦績だけを見れば『小森メモリアル』から優勝、準優勝と良い流れで繋げられたと思いますし、この先も、体の調子が良くなればもっと行けると思えました。

 

――あの……どこを悪くしているんでしたっけ? 肘? 

 

肘と肩と……右腕全部と言ったらいいですかね。それから背中。

 

――それは練習のしすぎで?

 

恐らく。3、4年前、練習をたくさんしている時にそういう状態になっちゃって、一時は痛みで箸も持てないぐらい。

 

――それは全日本選手権を獲った後ですね。

 

ええ。医者にも何度も行きましたけど、これといった病名もなく。ただ痛みが酷くなると球が撞けません。今年の『東京オープン』では、セミ・ファイナルの時に背中がつってしまって、痛いし当たらないしで辛かったです。

 

――そこまでですか。それは宮下プロのハードにキューを突っ込むプレースタイルも関係ありますか?

 

あると思います。

 

――でも、あのスタイルは止めないんですね?

 

はい。それが僕の信条ですから。

 

――なんで強く撞きたいんですか?

 

カッコつけたいというか、魅せたいというか。僕は球が見えないぐらいのスピードで撞いて当てたいんです(笑)。小森メモリアルの時は、細かい球とか優しく撞く球とか、だいぶやりましたけど、あれは僕らしくないんです(笑)。

 

――では、この全日本は?

 

いつも通り、バチバチと下手くそな感じでやらせてもらいました(笑)。

 

――(笑)。でも、見ていて全体的に一段階スケールアップした印象もあるのですが。

 

そ、そうですか? 試合慣れしてきた……いや、ベテランになってきたのかな(笑)。

 

――小森メモリアルの時の、堂々と当て勝った印象があるからなのかもしれません。

 

ああ、そうですか。うーん、やっぱり体調なんですよ。小森メモリアルの時がそうなんですけど、体調が良ければ良い球が撞けて結果が出るので、そういう風に見てもらえるんでしょう。

 

――その痛み、完治はするんですか?

 

何とも言えないんですよ、原因不明で。とりあえずリハビリっぽい治療はしてますけど。

 

――じゃあ、騙し騙し?

 

はい、だいぶ騙し騙しが上手くなってきましたよ。でも、最近は状態が上向きで痛みもなくて。お陰様で練習もできてるし、メンタル面もだいぶ良いんですよ。

 

――それは良いですね。

 

だから、これからが楽しみなんです。そうそう、キューが新しくなるんですよ、『モリナーリ』を使うことになりました。いやぁ、これでまたやる気がアップしちゃうなぁ(笑)。

 

宮下プロのダブルレール。これはまだ強く撞いたうちに入らないかもしれない。ベスト8vs田名部徳之戦にて
宮下プロのダブルレール。これはまだ強く撞いたうちに入らないかもしれない。ベスト8vs田名部徳之戦にて

 

宮下崇生さんはこんな人→

 

JPBFプロ(2004年度入会)

2007年『第64回全日本スリークッション選手権』優勝

1977年7月29日0型獅子座・東京都在住

 

所属は『キューベスト』、

スポンサーは『モリナーリ』

プレー歴は約14年

 

 

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