明らかにこれまでの名人ではなかった。
喜島安広は苦しんでいた。
ライブ配信を見ていた人も
会場にいた観客も気付いていたはずだ。
幾度となく右肩に左手をやり、
痛みと張りをほぐすようにしながら
撞いていた喜島の姿に。
しかし、ローテーションという種目、
長時間のセットマッチという方式、
そして、この最終決戦の舞台を
知悉している名人は、
あらゆる引き出しを開けて
できる限りの最善手を出し続け、
土俵際で踏みとどまった。
挑戦者・山﨑洋平に
勝ったというより負けなかった。
これまでで最も苦しみ抜いた防衛戦。
喜島の在位期間は前人未到の
「8期」に突入した。
→ 大会結果記事はこちら
――苦しい戦いを6年連続防衛(在位8期)という形で終えました。
喜島:「ホッとした」が一番です。今回は満足な調整ができなくて本番を迎えるのが怖いぐらいだったんで、内容はどうあれまずは防衛できたことが本当に嬉しいです。
――先にお聞きしますが、試合中たびたび右肩をさすったり揉んだりする姿が見られました。プレーに影響するぐらいの痛みやぎこちなさがあったのですか?
喜島:昨年末に肩に違和感を感じて、初めは「四十肩かな?」ぐらいに思って我慢しながら撞いてたんですけど、痛みが収まる様子が一向にないので、7月に病院で診てもらったところ炎症を起こしていました。お医者さんには「水が溜まっている箇所が2箇所ある」「治すにはビリヤードを休むしかない」と言われて。僕は最低限の練習をしないとダメなタイプなので、量を減らしながらですけど、さすがに名人戦の前は練習してました。本番前に300点ゲームを撞いたのは、建川さん(SPAの仲間である建川雄司選手)に相手をしてもらった4ゲームだけでした。
――何か特定のショットの時に痛みが出るんですか? 今回ジャンプショットは苦笑いしながら構えていたように見えましたが。
喜島:ハードショット全般がキツいです。特にジャンプショット。ブレイクもあんまり強く撞かないようにしています。先月の『9ボールクラシック 10ボールチャンピオンシップ』(優勝)は正直「負けても仕方ない」ぐらいの気持ちで、ジャンプショットとかは極力避けてました。でも、名人戦はこれだけ多くの方から応援してもらっていて、最善を尽くさないのも負けるのも嫌ですし、リスク(痛み)回避を最初に考えてはダメだと思ってました。
――そうでしたか。
喜島:いざ始まってみたら、セットの序盤にジャンプを撞くことが結構あったんでしんどかったです。痛みが和らぐのを待つために使ったエクステンション(時間延長)もありました。配置や展開を見ながらどこでどうエクステンションを使うことになりそうかを考えてました。
――1日中肩をケアしながら撞くことになると、心身ともに疲れるのでは。
喜島:僕が全然走り切れなかった(ランが伸びなかった)こともあって、最終ラックまでもつれるセットが多かったですけど、体力的には問題なかったですし、頭もずっと冷静でした。もし最終セット(第9セット)まで行っていたとしてもそこは変わらず撞けていたと思います。
――試合中、肩のマッサージやテーピングなどもしていたようですね。
喜島:はい。応援団に整体の専門家もいるので、途中からマッサージをしていただきました。肩の可動域が広がり、痛みも和らいだのですごく助かりました。とりあえずセットの合間はすぐに肩を冷やして、肩甲骨のあたりをほぐしてもらったり、湿布薬を塗ったりして過ごしてました。
――ブレイクショットでノーインが多かったのも肩の状態と関係がありますか?
喜島:あれは強すぎたみたいですね。建川選手にはそう言われました。僕は上手く加減ができなくなってたんで、自分の中で弱く撞いたかなと思ってもまだ強かったみたいです。「毎回同じ強さに見える」と。
――第1セットは喜島選手が取りました。
喜島:痛みが怖くて撞点やタッチがズレて外れるショットがありましたし、自分自身のできなさ加減に少しストレスを感じてましたけど、気持ちを落ち着かせながら我慢のプレーをしていました。「最大で99しか出せないなら99を出せるように、今日できるベストを尽くそう」と。
――取って取られてという展開でセットカウント2-2まで競りました。
喜島:自分の状態がこの後劇的に良くなる可能性はないだろうと思ったので、いかに要所を抑えるか、いかに相手を上がらせないようにするかなど戦略的な部分を大事にしていました。考えた通りに全て実行できる自信はなかったですけど、最低限ちゃんと冷静に頭を回して行こうと。
――以前もおっしゃってましたが、ローテーションの競技性を活かして守りや駆け引きも駆使して我慢強く戦って行くということですね。
喜島:そうですね。相手が撞いてる間も、ラックのキーポイントになる球やそこまでの組み立ては考えていましたし、上がり際の点数の計算とかも間違えないように意識してました。
――挑戦者・山﨑選手とは以前3回ぐらい対戦歴があるようですね。山﨑選手のプレーをどう見ていましたか?
喜島:今までは『球聖戦』での対戦だったと思います。今回山﨑選手は第2セットでマスワリスタートをしてましたけど、シュート力が強いイメージは以前からあったので、走られる展開になるのがだいぶ怖かったです。山﨑選手に第2セットのようなプレーをずっと続けられたらかなり厳しい展開になるだろうなと覚悟していました。そして、山﨑選手はアマタイトルの決勝戦はおそらく初めてだったと思うので、この舞台でどんなプレーをするのだろうという興味もありました。もし少しでもプレッシャーを感じてくれて、ミスが出るようなら、今の自分でも勝負になるんじゃないかというのは思ってました。
――山﨑選手は「センターショットを何度も外してしまった。もっと名人と競り合って苦しめたかったけれど……」と語っていました。
喜島:十分苦しかったんですけどね(苦笑)。たしかにセンターショットのミスは、今日の流れの中では目立つものだったかもしれません。
――第5、第6セットを喜島選手が取って先にリーチ(4-2)。この2セットは苦しい戦いをぎりぎりしのいだような印象です。
喜島:そうですね、どっちも最終ラックまで行きましたし。自分はもう目の前の球にベストを尽くすだけでした。第5セットは山﨑選手が上がれそうな状況で、12番をサイドバンクに行って穴前に残しましたよね。もしあれを決めて取り切られていたら、1セット先行されて(2-3にされて)だいぶ苦しくなったと思います。おそらく12番はセーフティーかバンクかで迷っておられたと思うんですけど、迷ってくれた分外れやすくなったのかもしれません。あの12番が自分の第5セットのゲームボールでしたし、あれを入れて自分が3-2でリードできたのでかなり大きな1球でした。
――優勝を決めた第7セットは、筆者の目には喜島選手の状態が一段階良くなっていたように映りました。
喜島:いや、自分の中では第7セットも良い方に変われた感じはなかったです。ただ、あのセットは序盤にジャンプとかハードショットを撞くことがなくて、右肩にそれほど負担はなかったと思います。
――上がりの6番からの取り切りは覚えていますか?
喜島:ちゃんとは覚えてないです。でも、「ハイボールで渡したくない。撞く時に(肩の痛みを恐れて)身体が動いちゃうのは今はしょうがない。できるだけ撞点がズレないように撞いて取り切ろう」という気持ちではいました。1球、自信がなさすぎて覚えているのは13番です。次の14番(ゲームボール)に2クッションで出した球。
――典型的な順ヒネリ2クッションのポジションですね。
喜島:そうです。結果的に14番へきれいに出せましたけど、あの13番はすごく不安でした。なんてことのない球なんですけど、今はこういう球で肩の痛みが出やすいので、それを恐れて身体が動いて撞点がズレることが多くて。だから、あの13番は絶対に撞点を間違わないようにかなり気を付けて撞きました。
――ゲームボールが入った瞬間の気持ちは。
喜島:「今回も勝利で終えることができてすごく良かったな」と。やっぱり「ホッとした」ぐらいしかなかったですね、あの瞬間は。
――改めてトータルで振り返ると勝因はどんなところにありますか。
喜島:一日を通して本当に「自分に向いていたな」としか思えないです。
――流れや展開が、ですか?
喜島:はい。もしかしたらその流れというのは、この名人位決定戦という舞台で撞いてきた経験値が影響しているのかもしれません。きっと山﨑選手も普段通りの力を発揮できていた訳ではないと思いますし、それも含めて「自分に向いていたな」と。
――これで連続防衛は6回で在位は通算8期。在位8期は『名人戦』史上一番多い記録になりました(藤間一男氏の7期を超えて単独最長記録)。
喜島:えっ、そうなんですか。じゃあ、もうこれで終わってもいいですかね(笑)。いやもう、毎回寿命が縮まる思いがしますから。とはいえ、これまで名人になられた方の多くがプロになっていますから(=プロ転向とともに名人位から退く)、あまり堂々と誇るようなことではないのかなと思います。大会の歴史に残るのは残るとして、自分としては今までと変わらず、数字はあまり意識せずに少しでも長く名人戦を楽しみたいと思っています。
――今後の予定は? 肩の炎症とはどう付き合いながらプレーを?
喜島:肩はいつか治るとは思うんですけど、どのぐらいかかるのかは全くわかりません。まず、今日(大会翌日)から1週間ぐらいビリヤードを休みます。そして、リハビリに通いながら、鍼など他の治療法も試してみようと思っています。この先、色々な大会がありますけど、しばらくは肩の状態を第一に考えて出るか出ないかを決めることになると思います。
――わかりました。最後に応援してくれた方々に一言。
喜島:今年も愛知や新潟など遠方から来てくださった方も含めて多くの方に応援していただきました。皆さんの拍手や声援がすごく嬉しかったですし、心強かったです。ありがとうございました。『セスパ』や『5&9』のお客さんにも前からずっと応援していただいていますので毎回感謝しています。できるだけ早く肩を治してプレーを続けていきますので、今後も応援よろしくお願いします。僕の場合は肩ですが、仲間や知り合いに体のどこかを悪くしている方が結構いますので、ビリヤードプレイヤーの皆さん、健康に気を遣いながらビリヤードを楽しみましょう。
(了)
喜島安広 Yasuhiro Kijima
1983年1月7日生 埼玉県出身・在住
所属:『セスパ東大宮店』、『5&9』(ともに埼玉)、SPA
プレーキュー:ミステリーブラック(シャフトはノーマル、タップは締めたブルーナイト)
ビリヤード歴:約27年
現在ある「アマ個人全国タイトル」6つ全てを獲得↓
『第55期、第58期~第64期名人位』
『第19期~第22期、第26期、第27期球聖位』
『プレ国体』(全国アマチュアビリヤード都道府県選手権大会)
『アマローテ』(全日本アマチュアポケットビリヤード選手権大会)
『アマナイン』(全日本アマチュアナインボール選手権大会)
『マスターズ』優勝5回
また、2016年、2017年、2022年『都道府県対抗』の優勝メンバー(埼玉県。SPA)
他様々なアマタイトルを獲得
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