青木知枝・ジャパンオープン2度目の優勝

ニューピアホール進出2回で優勝2回。「出来すぎな」1日

2025年9月

 

見る者を惹きつける上がりの2ラックだった。

 

ブレイクスクラッチをした陳佳樺(台湾)が

落胆の様子を隠さなかったのは、

ああいう結末を迎えることも予期し、

恐れていたからかもしれない。

 

フリーボールを手にテーブルに向かった

青木知枝の姿は、ママでも妻でも

企業人でもなく、一人の「戦士」だった。

 

その鋭い眼光、迷いのない撞きっぷり、

柔らかいストローク、

細かくスピンの効いたショットから

目が離せなくなった。

 

1球1球成功させるごとに

上がっていく会場のボルテージ。

万雷の拍手の中で戦士は再び女王になった。

 

→ 大会結果記事はこちら

→ 1度目の優勝(2023年)時のインタビューはこちら

今回も優勝が信じられないし、出来すぎです


 

――2度目の優勝。2023年の初優勝の時と感じ方は違いますか?

 

青木:前回と同じような感想になりますけど、優勝できたことが信じられないですし、出来すぎです。そして、男子の部は小宮鐘之介選手が初優勝ということで、雰囲気をそちらに持って行かれちゃったかなと(笑)。(小宮選手が所属するビリヤード場)『エニシング』の皆さんには私も以前から仲良くしていただいているので、私も応援していただいていたんですけど、会場はやっぱり“史上初のアマチュア決勝戦”で盛り上がっていたと思います。私も少しそちらを意識してましたし、ワーッと歓声が沸く瞬間に撞かないように間を考えたりはしました。

 

――ニューピアホールで撞くのは2年ぶりでした。

 

青木:2年前にここで撞いていてもやっぱりちゃんと死ぬんだなと(笑)。特に朝は変な状態になってました。今回も「楽しもう」をテーマに臨んだんですけど、試合前の「2分間練習」は、私の場合は自分を整えながら1ラックを撞くのには時間が足りなくて焦ってましたね。案の定初戦(ベスト8 vs 夕川景子)はガッチガチで「負けたな」って何回も思いました。

 

――「楽しもう」以外にも心掛けていたことは?

 

青木:最終日、一番真剣に「絶対に賞金を獲りたい」と思ってたのは私だったんじゃないかなと思います。今回は夫(青木亮二プロ)が2人の子供を見てくれてましたけど、普段は試合に出るたびに託児代など何かとお金がかかるので、とにかく稼がないといけません。純粋に「ビリヤードで勝つ」気持ちは、最終日の皆さんすごいと思うんですけど、稼ぎたい気持ちは私が一番強かったと思います。2年前に優勝した時は洗濯機が買えて、今回は冷蔵庫が買えます(笑)。

 

自分に「はいはい、安定の下手さですね」って


 

――(笑)。ベスト8で感じた硬さはその後だんだんとほぐれていったんですか?

 

青木:そうですね。チェンちゃん(決勝戦の相手の陳佳樺〈チェンチャーファ〉。台湾)のイメージで撞いたら、よく撞けるようになってきました。

 

――それは……?

 

青木:どのオープン戦もそうですけど、決勝日は男女のテーブルを混ぜて行われることが多いですよね。前から私は、自分の状態が良くない時は隣の台で撞いてる男子の球を見てイメージを変えたりすることが多かったんです。で、今回一番良いイメージをくれたのは男子じゃなくてチェンちゃんでした。彼女は朝から上手く撞いていたし、自分に取り入れやすかったので、ベスト8の途中から彼女をイメージして撞いた球がありました。準決勝でも「チェンちゃんはこうやって撞いてたな」と思い出して、実際にそのイメージで上手いこと撞けた球が何球かありました。準決勝でもまだ自分の状態は全体的にちょっと怪しかったんですけど、ベスト8よりは全然マシになってきていたから「このまま頑張ろう。気を付けて撞こう」と思ってました。

 

――決勝戦(vs 陳佳樺)に臨む時に考えていたことは?

 

青木:色んなことを考えてました。私は海外選手と決勝戦を撞くのが初めてだったんですけど、観戦している方々は“日本vs海外”になった方が応援しやすいかな、私の応援をしていただけるかなと思ったり。準優勝の中野雅之選手と3位の稲川雄一プロは同い年なので、同い年の選手が最後の方まで残ってて嬉しいな、だったり。優勝した小宮選手の奥さんの愛ちゃんはママ友で普段お会いすることもあるので、「こんな人達と一緒にここにいるのは嬉しいな」って思ってました。

 

――決勝戦は青木プロが先に2ラックを取りました。

 

青木:まだ本調子と言い切れる状態ではなかったですし、特にチェンちゃんは隙がないので「最初に相手に走られると手遅れになるな」と思いながらやってました。だから、第1ラックの8番で回って来て1点取って、続けてマスワリができたことで少し心は楽になりました。

 

――そこから陳佳樺に追い越され、3-5までリードされました。

 

青木:2点先取してそのまま乗って行きたいところで、第3ラックの2番でセーフティーを失敗。あれは自分に「はいはい、安定の下手さですね」と言ってました(苦笑)。そこから一瞬で3点取られたような感覚でした。

 

「マスワリあるし。ここまで来たらやるしかねえ」


 

――劣勢の時間帯、焦ることはなかったですか?

 

青木:焦ってないことはなかったですけど、「自分のプレーはましになっているはずだから大丈夫」と思ってました。第2ラックのマスワリの9番がそうなんですけど、自分で難しくしちゃった球を、「たまたま入った」じゃなくて「むちゃくちゃ自分の思った通りのショットで入れられた」というイメージが頭にありました。それに、ミスの多くはセーフティーやクッションとかの技術面だったので、「下手なのはいつものことやん。オープンな配置が来たら知らへんぞ」ぐらいの気持ちで待ってました。

 

――陳佳樺の2回のセーフティーのミスから青木プロが取り切って5-5のタイ。しかし、第11ラック、青木プロの6番セーフティは陳佳樺にサイドバンクで攻略されて5-6。相手が先にリーチ。

 

青木:あの6番は……私はまずカットを考えて、次に縦バンク&セーフ、そして最終的に6番の右に当てるセーフティを選んだんですけど、あとから川端(聡)プロに「なんで左ペラ(=6番の左に薄く当てて手球を離し、9番で隠せたら理想というセーフティ)せんかったん?」って言われて、「ほんまや」って(笑)。あの時は1ミリも思い付いてなくて、後で夫と川端プロと一緒に動画を見たんですけど、やっぱり左ペラ以外の選択肢はないなって。あの選択は「あ~、アホ」って思ってます。

 

――ですが、次の第12ラック、陳佳樺はブレイクスクラッチ。そこから青木プロが取り切り→マスワリという理想的なフィニッシュで勝ちました(7-6で優勝)。どんな心境だったのでしょうか。

 

青木:自分のセーフティーの下手さから取り切られてリーチをかけられたので、「だいたいこういう時はマスワリで上がられるパターンだよね」と思ってたら、まさかのブレイクスクラッチ。そんなすぐに回って来るなんて思ってなかったので、「来たし!」みたいな。一瞬「取り切れないかも」という不安がよぎったので、何よりも「外さないこと」を考えて、「変な形になったらセーフティーでもしょうがない」と思ってました。

 

――取り出しの1番から2番で熟考していましたね。

 

青木:パッと立ち上がった時は「長―長の2クッションで2番に出そう」と思ってたんですけど、手球が3番や8番に当たったり、サイドスクラッチもあるなと。なので「への字」を選んだんですけど、テンパり気味だったせいかすごい下手で(苦笑)。「やっぱキュー出てない。ヤバいな」みたいな感じのスタートでした。でも、なんとか取り切れました。

 

――最後のマスワリは見事でした。

 

青木:「(配置が)できたら絶対行ったるぞ!」って思ってました。あのブレイクはイリーガルになりかけてましたよね。運良く2番がサイドに入ってくれて「うわ~、マスワリあるし。ここまで来たらやるしかねえ」みたいな(笑)。取り切りの最中ずっと「絶対ヘッドアップせえへんぞ」と思ってました。ああいう状況で私はよく身体が動いてしまうから「絶対せえへん」って。

 

あんなに良いゲームボールを撞けて幸せ


 

――気持ち的には落ち着いていましたか?

 

青木:いやいや、全然落ち着いてなかったです。もう「頑張るしかない」だけ。でも、皆に見られながら撞きたい気持ちもありました。

 

――そうだったんですね。

 

青木:男女混合のオープン戦の決勝戦では、私は今まで全て自分の方が後に終わっていて、会場中の方に見守っていただいていたんです。でも、今回は順番が逆だったし、明らかに男子決勝戦の方が注目されてる状況だったので、「こっちも見て! 私、上がれるかも」って思いながら撞いてました。

 

――最後のマスワリ、3番からの取り切りはプラン通りでしたか?

 

青木:4番から5番のポジションは、あの場面ではしょうがなかったんですけど、5番がほぼ真っ直ぐになってしまいました。5番から6番は、普段なら少し穴で振って(穴フリをして)もっと6番に厚く出しに行くんですけど、それをしたら5番が外れそうな気がして。だから、6番が難しくなるのは覚悟の上で、5番は入れ重視で「ちょっとでも横に出ながら引けてくれ」って思いながら撞きました。結果は「そうなるよね」っていう場所でしたけど、ちゃんと間を取って6番に構えられたのが良かったと思います。

 

――6番を入れて、順押し2クッションで7番に対してベストポジションを取りました。

 

青木:7番に出た時に「ちゃんと撞けばもう大丈夫」って思いました。7番から8番は比較的良い場所に出せましたね。あと少し手前に止まっていたら、9番のどっち側に出すか悩んでたと思います。でも、私の得意な「ちょい順1クッション」で撞けるギリギリの場所だったので「よかった~」って。

 

――8番→9番も文句なし。あれだけ易しいゲームボールを撞けるのは幸せですよね。

 

青木:めっちゃ幸せです。あんなに良いゲームボールを撞いたのは決勝戦では初めて。2年前の初優勝の時とはラストボールの必死感がまるで違います。今回は撞く前に心の中で「っしゃ!」って言ってましたから(笑)。昔『ビリヤードウェーブ』とかの試合映像を見てて、高橋(邦彦)プロとか男子プロの方々が8番を入れて9番にきちっと出した時に「っしゃ!」って言ってたのに憧れてました。私は優勝のゲームボールであんな風に手球を出せたことがなくていつも最後までドキドキしてたので、今回初めて「っしゃ!」なゲームボールを撞けて嬉しかったです。

 

大会前日に会社で草むしりをしてたのは私だけ


 

――『ジャパンオープン』の女子の部は今年で35回目の開催。2回以上優勝した人は青木プロを含めて7名だけ。とても大きな業績ですが、ご自身はどう捉えていますか?

 

青木:冒頭で言ったように「信じられない」が一番です。ニューピアホールに今まで2回しか行けてなくて、その2回とも優勝っていうのはさすがに上出来すぎませんか?(笑) なのでまだあまり自分でも実感がありません。ただ、最近あまり連絡を取れていなかった方々からもたくさんお祝いのメッセージが届いていて、それを見るたびに徐々に実感が湧いてきてる段階です。今回、河原千尋プロが(日程が部分的に重なっていた)『チャイナオープン』で優勝しましたし、こちらに出るトップクラスの海外勢は少なかったので、冷静に見て今までのジャパンオープンとは少し違うのかなとは思ってますけど……。

 

――メンバーが多少違っても『ジャパンオープン』は『ジャパンオープン』です。胸を張っていいことだと思います。

 

青木:そうですよね。さっきも言いましたけど、今回は撞きながら「もっと私に注目して!」っていう気持ちになったのは自分でも面白かったですね。「先に河原プロがすごいことをしたし、男子決勝戦は初めてのアマ対決だけど、もっと私も見て!」って。「ああ、私もこんな気持ちで撞くことがあるんだな」と新しい自分を発見した気持ちでしたし、その思いのまま優勝できたのは幸せでした。

 

――プロ公式戦での優勝は昨年の『東海レディースグランプリ』以来1年2ヶ月ぶり。普段どのぐらい「優勝」を意識していますか?

 

青木:もちろん優勝は欲しいですけど、そこまで強くは思えてないかもしれません。もちろん試合に出たら全力を尽くしますし、目の前の1球1球に向き合い続けて、結果それが優勝に繋がれば最高です。ただ、やっぱり普段の練習量は少ないですし、毎日撞いてる方たちの前で「もっと勝ちたい」って言うのはおこがましすぎるだろうという気持ちもあります。

 

――一般の仕事に就いていて、2人のお子さんの育児もある。とにかくビリヤード時間の捻出が大変だと思います。

 

青木:今回は大会前の1週間で7時間ぐらいは撞けたかな。中村こずえプロとそのご主人、そして夫に相撞きをしてもらいました。でも、大会前日に会社で草むしりをしたり、竹ぼうきで砂利を掃いていた選手は私だけだと思います(笑)。

 

――間違いないですね(笑)。貴重なお話ありがとうございました。最後に応援してくれた方々へ一言。

 

青木:いつもたくさんの方々に支えていただいてやっと試合に出られています。そして、皆さんの応援のおかげで今回も優勝できました。本当に感謝しかないです。ありがとうございます。前から言っていますが、「ビリヤード、楽しそう」と思っていただけるようなプレーを見せることと、ママプレイヤーや一般のお仕事をされてる方々の希望になりたいということが、私のプロ活動のテーマです。今回のジャパンオープンで私のプレーから少しでもそんな思いを感じていただけたのなら嬉しいです。次は『北陸オープン』(10月)に出場します。今回と同じように1球1球できることを頑張ります。

 

(了)

 

青木知枝 Chie Aoki

1984年1月29日生

JPBA44期生

愛媛県出身・埼玉県在住

2016年『全日本女子プロツアー第3戦 in 富山リボルバー』優勝

2017年『北陸オープン』優勝

2022年&2024年『東海レディースグランプリ』優勝

2023年&2025年『ジャパンオープン』優勝

他、入賞多数あり

使用キューはMUSASHI(ADAM JAPAN

使用タップはNISHIKIブラックH

所属店:『Link』

スポンサー:ココカラダ、インフィニティバランス

 

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