2013年

11月

11日

〈BD〉師匠帰郷

よくこの台で師に揉まれました
よくこの台で師に揉まれました

 

個人的な話で恐縮です。

 

僕のビリヤードの師匠的な存在であるTさんが

今月郷里の長崎に帰ることになり、

 

先週、川崎で一献傾けてきました。

 

メンバーは、Tさん、銘苅朝樹プロ(JPBA)、

そして僕の3人。

 

Tさんは今40代前半で、ビリヤード歴20数年。

上京してすぐビリヤードにハマったクチです。

 

そして、10何年前から

銘苅朝樹プロと親交があったことから、

 

(Tさんは、「親交なんてとんでもない。

元々、僕が一方的に『渋谷CUE』の柱の陰から、

花台でバチバチの銘苅さんを眺めていただけ」

と言いますが)

 

銘苅プロが一席設け、主役がTさんで、

僕は末席を汚したような感じでしょうか。

 

自分を卑下するTさんですが、かなり撞けるA級で、

アマ全国大会で3位が1、2回あったはずです。

 

今はもうないビリヤード場(川崎市)の

社員だった頃のTさんに、

 

そこに足繁く通っていた当時C級~B級だった頃の僕は

何回挑んで何回負けたことか。

 

しかし、10年ほど勤務していた

そのビリヤード場がなくなる少し前に、

 

Tさんは競技活動を止めてしまったのでした。

 

あまりビリヤードが好きじゃなくなったのだろうな

という空気が、当時の僕にも伝わってきました。

 

以後、Tさんは遊びで年に数回キューを

握る程度になってしまいます。

 

…………

 

この日、

 

僕はTさんに会うのが2年ぶりぐらいだったはずですが、

何の違和感もなく普通に喋っていました。

 

というより、

 

「一昨日、ギックリ腰になってしまって……」と

待ち合わせ場所に杖をついて現れたTさんの姿に

 

「な、なにしてんすか!? 相変わらずネタ持ってますね」と

ツッコんでしまったぐらいです。

 

会食中は、僕はもっぱら

Tさんと銘苅プロの会話の聞き役でした。

 

トピックは多岐に渡りましたが、

 

今は亡き「伝説のアマチュア」後藤章二さんに

まつわる話はひときわ面白かったです。

 

その強さと存在感で、自身の名前と、

所属していた『新宿スポーツランド』の名をも

有名にした後藤さん。

 

今も色々な人がその逸話を語り継いでいます。

 

Tさんは後藤さんを師と仰ぎ、

足繁く通っていた時期があり、

 

一方、銘苅プロは後藤さんとキューを交えたことが

何度もあります。

 

残念ながら存命中には面識がないのですが、

 

こうやって2人の当事者が語る「伝説の舞台裏」を聞けた

僕は果報者です。

 

聞き手人生やってて良かったです。

 

しかし、例のごとく、こういう時に限って

メモなしテレコなし記憶曖昧なんですよねぇ(汗)。

 

なので、エピソードそのものは今は書けません。

 

いずれまたきちんと記録に残せる機会があると信じて。

 

…………

 

食事を終えてからは

『MECCA』(川崎)でコーヒータイム。

 

終電も近くなったので、

 

自転車で来たというTさんを残して

(ギックリ腰ってチャリ漕げるんでしょうか!?)

 

僕は先に帰宅しました。

 

翌日、「何時までいたんですか?」と聞くと、

 

「朝5時まで。……球撞いちゃった!」との返答が。

 

撞くなら言って下さいよー、一緒にやったのに。

 

っていうか、

球が撞けるギックリ腰って何なんすかー、師匠!

 

でも、やっぱりビリヤード、好きってことですよね。

 

……今までお世話になりました。

 

僕がCUE'S誌に入りたての頃、

 

銘苅プロを始めとして、交流のあるプロや

関係者の方々に、事ある毎に

 

「うちの店で球撞いている子が今度CUE'Sの

スタッフになったのでお世話になります」

 

と言ってくれていたこと、知っています。

 

その他にも色々と力を貸してもらいました。

 

そして、全く自慢話と他人の悪口を言わない

その姿勢、尊敬しています。

 

ありがとうございました。

 

恩返しがしたいので……

いや、負けた分取り返したいんで(笑)、

 

次は九州で一緒に撞きましょう。

 

杖ついてMECCAの階段を登る師
杖ついてMECCAの階段を登る師