2013年

6月

08日

〈BD〉トーマスとIPTと。

Thomas Martin
Thomas Martin

 

トーマスの話を続けます

昨日のブログはこんな感じ)。

 

僕は2006年、ラスベガス出張をした時に

トーマスに直接的にお世話になりました。

 

ガイド&通訳として。

 

取材に行ったトーナメントは、

『IPT』と言います(「International Pool Tour」)。

 

今はもうありません。

 

でも、すごい大会でした。

 

一試合の優勝賞金が約2000万円

(賞金総額じゃないですよん)。

 

それを年間5、6戦やる予定でした。

 

ホテルの大広間を借り切って、

50台ぐらいのテーブルを並べて行う、

エイトボールの試合です。

 

スケールもメジャー感も賞金も

半端なものではなく、

 

ビリヤードがゴルフレベルになったか!

と思えるほどものでした。

 

(プレイヤーはジャケット着用でないと

会場に出入りできず、忘れたら出場停止でした)

 

「IPTプロ」にならないと出場ができなくて、

日本でもそのための予選が数回開かれたほどでした。

 

僕の記憶では、

2005年にアメリカでプレトーナメントが一度行われ、

 

2006年〜2007年にかけて

本番の試合が2、3試合あったでしょうか。

 

その後、尻つぼみとなり、自然消滅しました

(裏ではゴタゴタがあったんだろうなぁ)。

 

あの頃CUE'S誌にいた僕は、

 

「なーんか怪しげな主催者じゃない?」と

思っていましたし、

 

賞金の出処も、ちゃんと払われるかどうかも

怪しかろうと思ってましたが、

 

(主催者はアメリカで健康食品や自然食品を売る

会社のボスで、ちょいとマルチ的な匂いがありました。

 

いくつか訴訟を抱えていたと記憶しています)

 

本当に開催されることになったので、

慌ててラスベガス行きの航空券をブックしたのです

(うーん、色々思い出してきた)。

 

そして。

 

この目で観たIPTは本当に素晴らしいものでした。

 

ビリヤード界の桃源郷と言っても良いかもしれない。

 

スヌーカー界からロニー・オサリバンも出ていたし、

「すごいものが始まった」と誰もが思ったのです。

 

僕が取材したその試合(正式な第一回大会)の優勝者は

T・ホーマン(ドイツ)でした。

 

(賞金の支払いは、特に成績が下位の人に対して

だいぶ遅延があったと記憶しています。

その後、きっちり全員払われたのかは謎です)

 

日本からは、IPTプロの権利を獲得した

奥村健(現JPBF)、高橋邦彦、銘苅朝樹(以上JPBA)など

何名かのプロが出ていました。

 

僕はトーマスの導きで、

 

会場内でIPTのボス、ケビン・トルードーと

挨拶をすることができました。

 

これが笑顔も弁舌も爽やかで、色艶も身なりもよろしい

絵に描いたようなアメリカの「勝者」でした。

 

「こんなトーナメントは見たことがありませんよ」(僕)

 

「日本から来て下さったこと、嬉しく思います。

ぜひ楽しんでいって下さいね」(ケビン)

 

今もあの杓子定規なやり取りと、

芸能人かのようななめらかな握手を思い出します。

 

…………

 

さて。

 

トーマスと横浜・日ノ出町で焼き鳥を食べながら、

ふと、そのことを思い出した僕は彼に聞きました。

 

「で、ケビン・トルードーって今どうしてるの?」

 

「うーん……」

 

……長くなりそうなんで、続きは明日以降に。