2013年

4月

20日

〈BD〉世代交代の、一つの形

宮下崇生プロ(JPBF)
宮下崇生プロ(JPBF)

 

何度も振り返っていて恐縮ですが、

 

先週土曜日の

『KOMORI Memorial』についてもう一つ。

 

13名出場の大会は、

宮下崇生プロ(JPBF)が優勝。

 

気合十分・内容抜群でした。

 

「ここに向けて準備してきましたから」

とは試合後のご本人の弁。

 

ん?

 

ランキング対象試合ではないのに、

ここに向けて準備!?

 

宮下プロは淀みなく答えます。

 

「出場者の顔ぶれが素晴らしいですし、

 

小森さんのお名前が冠されていて、

ご本人も見ておられる。

 

絶対勝ちたいと思ってました。

 

勝ててとても幸せです!」

 

この言葉を聞いて、

 

僕は「ランキング対象か否か」で

短絡的に試合の価値を区切っていた

己の不明を恥じたのでした。

 

…………

 

その1時間後。

 

打ち上げの時に

あるプロが僕に言ったことが、

僕の考えとリンクしました。

 

「小森純一先生の引退を記念する

試合で優勝したのが宮下プロだった。

 

終わってみれば、

このことは国内スリークッションの

時代の移り変わりを

 

とても良い形で

象徴してくれたんじゃないかと思う」

 

む! と膝を打ちました。

 

どういうことかと言うと。

 

正直僕はこのKOMORI Memorialの

4強の顔ぶれを見た時に、

 

「優勝は『この2人のどちらかではないか」

と勝手に想定してたんです。

 

その2人とは、

 

10代の頃、小森さんに直接師事していた

船木耕司プロか、

 

昨年閉まった名門、

高田馬場『BIG BOX』で

小森さんと一緒に勤務した過去があり、

 

「小森先生の何から何まで

取り入れて勉強させて頂いた」

と語る森陽一郎プロか。

 

希望的観測がなかったとは言えません。

 

この2人のどちらかが優勝したら

大会にふさわしいと言いますか、

 

物語性もあって美しいじゃないですか。

 

お2人も間違いなく志高く

戦っていたはずですし。

 

……でも。

 

優勝したのは、

出場者13名中、プロ歴も年齢も

一番若く(プロ入り'04年。35歳)、

 

「小森先生と直接的な交流はなかった」と

いう宮下プロだったのです。

 

終わってみれば、ですが、

 

むしろこれが組織の新陳代謝の

美しい形かもしれないとか、

 

「時代的プレイヤー」と呼べる選手からの、

あるべきバトンタッチの形であるように

僕には思えたのです。後付けですけれど。

 

打ち上げの席で僕に所感を述べた某プロも、

 

ジャパンスリークッションの今後を慮って、

肯定的に捉えてそう言ったのだと思います。

 

…………

 

以下、余談。

 

試合を観ていて興味深かったのは、

 

宮下プロが、

自身の特色である「パワープレー」を

控えめにして(抑えて?)撞いていたことです。

 

端的に言えば、

「ドーン!」と行くショットが少なかった。

 

そのことに触れたら、

ふふふっと笑って

 

「小森さんは紳士的でスマートな方ですから」

 

小森さんの視線も気にしておられたのです。

 

プロってすごい。

意図的にシフトチェンジできるのか、と思いました。

 

と、同時に。

 

「宮下プロ=猛々しい」と思い込んでいた

己の不明を恥じたのでした。

 

なんだか恥じてばっかりです。