神箸久貴――キュースポーツのプロとして、渓心の父として

IBSFスヌーカー世界選手権・マスターズ部門・決勝ラウンド進出

2014年12月

※2013年全日本選手権(ポケットビリヤード)にて
※2013年全日本選手権(ポケットビリヤード)にて


1963年に創立された

IBSFスヌーカー世界選手権。

 

これはスヌーカーの

アマチュアプレイヤー世界一を決める大会だ。

 

そのマスターズ部門(40歳以上の部)で、

日本の神箸久貴が決勝ラウンド進出

(ベスト48)を果たした。

 

神箸久貴はJPBAのプロ、

つまり、ポケットビリヤードのプロである。

 

その神箸から見たスヌーカーの魅力とは?

 

そして、同大会の一般の部にチャレンジした

息子・渓心の戦いぶりとは?

 

ポケットのプロとして、

そして渓心の父として、神箸が語る。


写真/スペースG(愛知)、タカタアキラ

協力/On the hill !

取材・文/BD

 

…………

 

神箸久貴 Hisataka Kamihashi

1970年4月9日生

JPBA30期生

2008年プロ公式戦年間3勝、

2010年『アジア大会』日本代表など、

国内のトッププロの一角として活躍

2012年8月より『スペースG』(愛知)代表

スヌーカー歴は1年8ヶ月


神箸渓心 Keishin Kamihashi

2000年12月29日生

2014年『第13回全日本スヌーカー選手権』準優勝

2014年『第3回全日本6-redスヌーカー選手権』優勝

2014年『第14回全日本ジュニアナインボール選手権

(JOCジュニアオリンピック大会。ナインボール)』優勝

スヌーカー歴は1年8ヶ月

スヌーカーキューはMEZZ

 

プレイヤーに敬意が払われる素晴らしい大会でした

 

――まずは、初出場となったIBSF世界選手権、いかがでしたか?


「僕が出たのは『マスターズ』部門で、40歳以上が対象のクラスでしたが、強い選手が多くいましたね。後に準優勝することになるD・モーガンという選手(ウェールズ)と同組だったんですが、彼は元メインツアープレイヤーで、対戦してみたらやっぱり巧かったです」


――そんな中、グループラウンドを突破しました。


「グループラウンドは6人の総当りのリーグ戦で、僕は2勝3敗。5位の人と同率だったんですけど、その人との直接対決で勝っていたので僕が決勝ラウンド(ベスト48)に進めたんです。まあ、ギリギリでしたよ(笑)。言ってしまうと、僕は渓心の付き添いみたいなものだったので、そこまで勝敗にこだわっていた訳ではありません」


――とはいっても、世界選手権ですし、アツいものがあったんじゃないですか?


「そうですね。あの雰囲気は素晴らしかった。伝統あるIBSF世界選手権の雰囲気をプレイヤーとして味わうことができたのは本当に良かったです。選手も関係者もレフェリーも、大会に関わっている誰もがプライドを持って自分の持ち場をしっかり担当している感じで、本当に素晴らしかった」


――比較対象になるような他の大会はありますか?

 

「今までに出た中だと……『アジア大会』が一番近いですね。ボランティアの方も含めて、大会の成功に向けて皆が一生懸命働いている。プレイヤーにも敬意を払ってくれるので、僕らも気持ち良く試合できました。フィーが70ドルと、そこまで高くないのに、5、6試合やらせてもらえたし、協賛企業やスポンサーも多いようで、たくさん協賛品を頂いたのには驚きました。それで、もちろんまっさらのテーブルに新(さら)ラシャ、新ボールですからね。プレイヤー冥利に尽きます」

 

スヌーカーは観て楽しく、やってみるとなお楽しい

 

――神箸プロはいつからスヌーカーを?


「1年8ヶ月前からですね。僕も渓心も。元々、渓心がうちの店(愛知の『スペースG』)でポケットやスリークッションで遊んでいたんですけど、思ったよりだいぶ熱心にやるもんだから、『これは』と思って、キュースポーツの最高峰と言われるスヌーカーの世界をまず僕自身が勉強したんですよ。そうしたら、まあ、すごい訳じゃないですか。あまりにも夢の世界だったもので、これを渓心がやるようになったら面白いなって。それでお店にスヌーカーテーブルを置くことにして、渓心にも勧めてみたんです。そこがスタートです」


――国内のスヌーカー公式戦にも出ていますね。ハイエスト(※ハイラン)は?


「僕は4回ぐらい公式戦に出ましたね。最高は『ジャパンオープン』の3位です。渓心はもっとたくさん出ています。僕のハイエストは試合で46点、練習が84点ですね」


――同じキュースポーツのプレイヤーとして、スヌーカーの魅力とは?


「やっぱり、本場イングランドを中心として、『プロスポーツ』としてしっかり定着しているところが魅力的ですね。IBSF世界選手権もそうだし、メインツアーになれば、もっとこう、ショーアップもされていてすごいじゃないですか。賞金も高いですし、プレイヤーからレフェリーからスタッフに至るまで一流のプロ揃いだし」


――向こうの試合映像からも伝わってきますよね。

 

「そうそう。僕、中国の上海に『上海マスターズ』というスヌーカーの公式戦を観に行ったんですが、会場に入った時に『なんだこれは!!』と驚いてしまいました。信じられないぐらいショーアップされている。これは僕がやってきたキュースポーツとは違うぞ、と度肝を抜かれました。また、スヌーカーは観るスポーツとしても定着しているので、観戦しているだけでも面白いんですよね。実際にそういう人も多くいます。でも、やってみたらなお楽しいんですよ。ポケットのプロとしても、スヌーカーの理に適ったルールと考えされ尽くされたゲーム性には感心します」

 

渓心を撮るカメラマン達のシャッター音、すごかったです

 

――ここからは渓心選手のことを伺います。まず、IBSF世界選手権ではグループラウンドで1勝5敗という戦績でした。


「経験のなさが出てしまったと思います。雰囲気に呑まれている感じは否めなかった。やっぱり、特に一般の部には一生懸命やる選手だけが来ているし、実際、レベルが違う選手も多かったですけど、一番は渓心が場慣れしてなかったことですね。ちょっと不本意な成績でした。本人は『緊張していない』と言っていたけど、観ていたらやっぱり硬かった。向こうでの直前練習ではすごく球を入れてたけど、試合になると緊張して入らない」


――しかし、5試合目で1勝を挙げました。


「だんだん緊張が解けてきて、4試合目ぐらいから良くなりましたね。で、最後の5試合目が、そのグループのドべをかけた試合だったんですが、そこでは普段に近い、ちゃんと撞けてる渓心がいました。先球もよく入れていましたね」


――現地のメディアにだいぶ注目されたようですね。それは大会最年少(13歳)だったから? それとも、スヌーカー選手の少ない国の日本から来ているからでしょうか?


「そこまではわからないんですが、渓心のキューアクション(ストローク)をとても褒められました。将来性があるということだと思うんですけど、インドの記者が早い段階から注目してくれて、それにつれて、渓心を観る観客も増えてきたんです。ある記者は練習場まで取材に来てくれて、大会最終日の朝にその記事が新聞に出た。そうしたら、最後の試合は6、7人ぐらいのカメラマンが渓心を撮ってました。シャッター音、すごかったです(笑)」


――スタープレイヤー並の扱いですね。

 

「明くる日に新聞を観たら、渓心が多くの新聞に載っていてまた驚きました。4紙ぐらいは日本に持ち帰ってきました。言葉がわからないから、内容はイマイチですが、わかる範囲では、『イングランドを狙う日本の天才少年が来た』とかね。今からそれ書く? みたいな(笑)。やるからにはメインツアーが目標なんで、方向は間違ってないですけどね(笑)。ポケットでもそうですけど、若い子のフォームやストロークを観ていて、『この子はくるな』ってピーンと来ること、あるじゃないですか。スヌーカーではもっとシビアにあると思うんです。渓心はまだハイエストとかは全然大したことないけど、メディアの人達もそこを観てくれた……と思いたいですね(笑)」

 

2枚ともスペースGにて
2枚ともスペースGにて

これからも僕にできるサポートはしていくつもりです

 

――親のひいき目なしで、キュースポーツのいちプロとして今の渓心選手を見ると、どんな評価になりますか?


「まだまだB級だと思います。それはもう、スヌーカーは難しいですから。正確に言えば、できるんですよ。技術的にはできているんですが、まだまだ精度が低い。どれだけ精度を高められるかですよね、この先は。それはポケットビリヤードと一緒。たくさん練習してミスを減らしていって、精度を高めるしかありません」


――渓心選手のハイエストは?


「試合で43点。練習では83点。僕、練習で1点だけ勝ってるんですよ(笑)。でも、年内には抜かれるでしょう(笑)」


――この先も、渓心選手はトレーニングや遠征など、活動目標は明確に決まっている訳ですね。


「そうですね。方向性は決まっています。今回の遠征でその辺りの手応えを感じることができました。今まで渓心を一人でタイに行かせたり、タイのナショナルチームの合宿に送り込んだり、と色々やってきましたけど、やってきたことは間違いじゃなかったと今回のIBSF世界選手権で確信が持てました。今後も海外遠征には積極的に行く予定です。来年のIBSF世界選手権は南アフリカ開催なので遠いんですが、絶対に行きたいですし、タイにもまた行くと思います。さらに今は香港のスヌーカーシーンにも興味があります。香港も強い選手をたくさん輩出している場所なので、渓心と行ってみたいですね」


――地元にいる時の渓心選手はどのぐらい練習しているんですか?


「長くて1日7時間ですね。6時起きで、まず店に来て朝練。学校が終わったら家で宿題をして、夕方5時頃にお店に来て、そこから9、10時ぐらいまで練習です」


――練習している時の渓心選手の様子は?


「まだ子供なんで、調子が悪いとすねたりもしますけど、調子が良い時は集中してずっと練習していますね。ゾーンに入っているということでしょうか。ひたすらずっと撞いているような感じです。その時間が長ければ長いほど良い練習になるんだろうと思いますが、自分に似ず(笑)、ものすごく良く気が付く子なんで、お店のことをしたり、お客さんとおしゃべりしたりと、撞いてるだけじゃない時間もあります。でも、そういうところで、たくさんの方に可愛がってもらったり応援してもらっていますから。僕の息子にしてはよくできた息子だと思います(笑)」


――現在の神箸プロの生活は、渓心選手とお店の運営を中心に回っている状態ですね。


「そうですね。その2つの優先順位が高いので、自分のトーナメント活動はお休みですね。仮に僕が活躍しても、もはやそんなに特別なこともないですけど、渓心が勝てば日本のスヌーカー界を含めて多くの方が喜びますからね(笑)。今はそれでいいかなと。これからも僕にできるサポートはしていくつもりです」

 

2013年撮影 ※Photo : Akira Takata
2013年撮影 ※Photo : Akira Takata

 

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