佐原弘子・第4期〜6期女流球聖位

2度目の防衛に成功したアマチュア女王

2014年4月

 

2014年の

『女流球聖戦・球聖位決定戦』は、

 

約13時間に及ぶ息詰まる大接戦となった。

 

北海道の女子高生プレイヤー・

16歳の平口結貴が、

女流球聖戦初挑戦にして

頂上決戦まで進むという快進撃。

 

それをぎりぎりのところで食い止めて、

2年連続の防衛に成功したのが、

 

国内女子アマ界のトップ選手、

佐原弘子女流球聖だった。

 

激戦の2日後、

試合中の心境を振り返ってもらった。

 

 

写真協力:On the hill !

写真・文:B.D.

 

…………

 

Hiroko Sahara

第4期~第6期女流球聖位

1977年10月21日生まれ。

千葉県出身・在住。O型・天秤座

スピリット1(千葉県銚子市)所属

プレー歴は約12年

 

「早くここから出て空気を吸いたい!」という苦しさでした

 

――女流球聖のタイトル防衛、おめでとうございました。戦い終わった今のお気持ちは?

 

「『やっと終わった~! 苦しかった~』ですね。あの特別な試合環境での長時間の闘いって、冗談じゃなく水の中に顔を入れて息ができない状態に近い苦しさがあるんですよ。『早くここから出て空気を吸いたい!』みたいな(笑)。だから試合直後は本当に脱力感でホッとしました」

 

――2度目の防衛に成功した喜びはありますか?

 

「もちろん! ものすごくありますよ。もう、『やったー! 勝てたーー! 頑張ったーーー!』って感じです(笑)。去年の初防衛の時ももちろん嬉しかったです。でも、2度目だろうが、その嬉しさや喜びが薄くなったりあせてしまうようなことは全くないですね。もう仲間全員に飛びついて、大泣きしながらハグしたい気持ちでした」

 

――あの長丁場のご自身の出来に関しては?

 

「イマイチでしたね……。普段やらないミスが多かったです。シュートミスはもちろん、セーフティミスやポジションミス、組み立てのミス……。攻めと守りのバランスも悪かったと思います」

 

――確かに普段見ないようなミスもありました。

 

「仲間達にも『どうしたの? いつも通りやってよ』なんて言われました(苦笑)。絶好調と言える試合ではありませんでした。ただ、女流球聖戦という特別な試合、特別な環境、特別なフォーマット、たった1日の特別な日……。その状況で普段の球撞きができるとは思ってませんでしたし、あの場面では『自分のアベレージがまだまだここまでなんだな』って思いました」

 

――勝負所というかターニングポイントはどこに?

 

「多々あるとは思いますが、強いて挙げるなら、第1セットと最終セット(第7セット)をヒルヒルで勝てた(7-6)ところですかね。第1セットの最終ラックは、平口さんが3-9コンビを外してしまったことで私が取れました。最終セットの最終ラックは……ブレイク権が自分にあったので、ブレイクランナウト(マスワリ)を決めることができた。その2点が大きなポイントになったと思います」

 

――平口選手と初めてキューを交えてみていかがでしたか?

 

「ここまで上がってくるだけの力があるなと本当に思わされました。普通の球のシュート力はもちろん、難球のシュート力が高いと思います。『ここ一番』の球を入れてきますね。それに、セーフティやクッションの使い方が上手で感心しました。プロ志向だと聞いたのでぜひ将来はトッププロになってほしいです。今の内にサインもらっとこうかな?(笑)」

 

 

↑ 最終ラックの取り切り(2から9まで) 撮影:On the hill !

何より緊張したのがあの8番です

 

――最終ゲームは見事にマスワリで締めましたが、撞いている時の心境はどうだったんですか?

 

「ブレイク後の配置が整っていたので『ここはなんとか取り切りたい、頑張れ私!』と思っていました。一球一球、丁寧に、後悔しないように、ポジションもよく確認して、『イージーなシュートミスは絶対しない!』って。それでもポジションはちょっと弱かったり強かったり……。あの状況で贅沢は言えませんが、『この状況でこの球入ってくれるかな?』というポジションになってました」

 

――3、4、5など中盤の繋ぎは理想的なものでした。しかし、8への出しは遠くなりましたね?

 

「はい、何より緊張したのがあの8番です。ポジションが遠くなってしまったので、『この距離の球はよく穴カタ(シュートミス)をするよな……』とか思いましたよ(笑)。なので、『慎重に、丁寧に、優しく撞こう』って思って撞いて、8番が入ってくれた時にやっと『勝てるかも』と思えました」

 

――それまでは『行ける』と思える時はなかった?

 

「全くなかったですね。最終セットは6-3で私が先にリーチをかけてましたが、その時も全くです」

 

――ゲームボールを入れた瞬間の気持ちは?

 

「『苦しくて辛い時間を13時間ずっと続けてきて、やっと終わるんだ……』って。そして、9を沈めた直後からいろんな想いが込み上げてきました。もう感無量です。自分も必死に頑張りました。あの日1日だけじゃなく、この1年頑張りました。でも何より、それを支えてくれた仲間、友人、応援してくれる方々のおかげで自分がここまで来られたっていう感謝の気持ちでいっぱいでした」

 

――今年も千葉から応援団が来てくれましたね。

 

「はい。余談になりますが、仲間の中には自分のジャンプキューをくれた人がいたんです。でもそれが私には合わなくて、そしたら違うジャンプキューを買って取り替えてくれました(笑)。他にも腰が悪いのに、ずっとブレイク練習に付き合ってラックを立ててくれる仲間がいたり、私のホームグラウンドの『スピリット1』(千葉)のオーナーは自宅にビリヤードテーブルがあって、そこに『ブリエ』の新ラシャを張って球聖戦と同じ状態を作ってくれたり……」

 

――それはすごい。もはやひとつの「チーム」ですね。

 

「はい。皆の協力と励ましがあって、今の自分がいるんだって実感しますね。応援してくれた方、支えてくれた皆さん、本当にありがとうございました」

 

 

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